アレンにとっては見るもの全てが珍しいらしく、きょろきょろと部屋の中を見回すのが止まらなかった。
座らせたソファーから動こうとしないのが、少し気になるけれど。


着るものがないからと買ってきた赤ちゃん用の服は、幸いにもサイズがほぼぴったりだった。
高校の家庭科の授業を必死に思い出しながら、お尻の部分の糸を切って、また縫い直して。
不格好にはなったけれど、アレンは喜んで着てくれた。


「これ、ぼくがきてもいいんですか……?」
「アレンが着なきゃ、誰が着るのさ」


目を大きく見開いて固まっているアレンに苦笑して、手直ししたばかりの服を着せる。
おや、ちょっと穴が大きすぎたか。


「きつくない?」
「いいえ   !」
「そ?ならよかった」


裸をタオルでくるんで一緒に寝ても、手足が動かせないのは寝づらいし寒いだろう。
急いでいたからパジャマを買い忘れたけれど、後でまたお店に買いに行くとするか。
奇特な両親のおかげで、お金に困っているというわけではないし。


「後でまた出かけるけど、お留守番できる?」
「はい」
「お腹空いたら、適当にテーブルの上のお菓子食べてね。喉乾いたら、冷蔵庫にジュースが……開けられないか、一人じゃ」


赤ちゃんサイズのアレンじゃあ、どう頑張っても扉に手が届かない。
仕方ない、ぬるくなるけど出しておこう。
どうせなら500mlのペットボトルがあったはずだから、それにしておこうか。


「お茶になっちゃうけど……出しておいた方がいい?」
「そんな!」


一応アレンの意向も聞いておこうと尋ねると、アレンはとんでもないというように大きく反応した。
尻尾の毛ををぶわりと広げて、力一杯かぶりを振る。


「ぼく、いただけるだけでうれしいです。さんのすきなものをだしていただければ、それで……!」


まるで自分にはもったいないと言っているかのようなその態度に、無性に悲しくなった。
アレンはもう家族なのに、どうしてそこまで自分を卑下するんだろうか。


「ちょっと待ってて」


ソファーに座ったままのアレンにそう言いおいて、部屋を飛び出した。
マンションのすぐ横にあるコンビニに駆けこんで、いろんな種類のペットボトルをレジに置く。
重たいそれを持って帰ると、アレンが驚いたように目を見開いた。


さん……?」
「アレン、どれがいい」


目の前にどさりとビニール袋を置くと、ひどく落ち着かない様子でペットボトルの山と私の顔の間で視線をさまよわせる。
そんな青灰色の瞳をしっかりと見据えて、ゆっくりと尋ねた。


「アレン。私、アレンが何を好きなのか知りたい」


だって、私達、


「一緒に住んでるんだよ?家族じゃない。私、家族の好きなものも知らないなんて、そんなの嫌だ」


目を見開いたままびしりと固まってしまったアレンの顔をなでると、こけた頬が痛々しい。


「そんな、あの……ぼく、すきなものなんて」
「ないの?そんなことないでしょ?」


重ねて問えば、長い沈黙が落ちた。
アレン、ともう一度名前を呼ぶと、消え入りそうな声が答える。




「いつも、おなかすいてたから……たべられれば、なんでもおいしかったんです」




その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。


   なんて、こと。


好きなものも考えられないくらい、この子はいつも飢えていたのか。
そんな状態になるまで放っておかれた事実に、もっと早く出会えなかった自分に、無神経なことを訊いてしまった自分に。

怒りで、目がくらみそうだ。


「……ごめん。酷いこと、言った」
「そんな!あやまらないでください」


慌てたようにぶんぶんと首を振るアレンは、やっぱりソファーから動かない。


   遠慮しているのだ。
こんなに小さいのに。


「アレン、立って。ソファーから離れよう」


手を差し伸べれば、おそるおそるつかまって立ち上がる。

一歩、二歩、三歩。
ある程度スペースのあるところまで誘導したところで、そっと手を離した。


「好きなところ、座って?どこでもいいよ」


クッションをひいてもいい、床に直接座ってもいい、椅子がよければ抱き上げる。
さあ、とうながすと、アレンは戸惑ったように不安に染まった目で辺りを見回した。


「どこでもいいんだよ。遠慮なんて、いらないの」
「え……と……」
「何をしても、それが一般的に考えて酷いことじゃない限り、怒らないから」


くしゃりと頭をなでて、小さな背中をそっと押す。
まずはこの家で、居場所を見つけてほしいから。


壁にもたれて見守っていると、しばらくしてアレンがそろりと動き出した。
さっきまで座っていたソファによじ登って、けれどさっきとは反対側の端に身を寄せる。


「そこでいいの?」
「はい」
「どうして?」


わざわざ反対側に移った意味がわからずに首を傾げると、アレンが恥ずかしそうに小さく笑みを浮かべた。




「ここなら……さんが、いつでもみえるから」
「…………そ、か」




不意打ちすぎるよ、アレン。
そんな顔でそんなことを言われたら、もうどうしたらいいのかわからなくなっちゃうじゃないか。


とりあえずぐしゃぐしゃと頭をかきまぜて、寒くないようにバスタオルを身体にかける。


「何か食べたいもの、ある?」
「なんでもだいじょうぶです」
「そうじゃなくて   ま、いっか。とりあえずいろんなものを食べて、好きなものを覚えてこう」


さしあたって、今日は冬瓜を食べてみようか。
冬まで食べられる上品な味は、アレンの好みに合うだろうか。


「行ってきます」
「……いって、らっしゃい」


はにかみながら送り出してくれたアレンの表情が、やけに印象に残った。