珍しくラグの上にちょこんと座ったアレンが、両手でココアのマグカップを抱えておいしそうに飲んでいる。
時々「あつっ」という声があがっているところをみると、どうやら熱いものはあまり得意ではないようだ。
いや、熱い食べ物は割と平気なようだから、単に飲むのが下手なだけか?
「おいしい?」
「はい!」
レポートを書く手を止めて訊いてみれば、幸せそうな笑顔で返事が返ってくる。
「ぼく、こののみもの、すきです!」
「そっか、よかったよかった」
ほっこりとした笑顔を見ていると、こちらまで幸せになれてしまうから不思議だ。
あまり遊んであげられないけれど、アレンは私が声をかけるだけで、そりゃあもう嬉しそうに笑う。
何の裏もないその笑顔は、思わず頭をなで回したくなるほどだ。
手を離したら最後、レポートなんて放り出すことがわかりきっているからやらないけれど。
くそっ、この大量のレポートめ……!!(文系って普通もっと楽じゃないの!?)
「もうちょっとしたら1本終わるから、そしたらおやつにしようね」
「はい」
「いい子だね、アレンは」
まったく、手のかからないいい子だこと!
我が子ながら(語弊あり)素晴らしい出来っぷりに、思わず顔がにやける。
それを見たアレンが更に幸せそうな顔をするものだから、可愛いったらありゃしない。
残り5000字のレポートを気合いだけで終わらせて、叩きつけるようにしてパソコンを閉じる。
固まった肩を回しながら戸棚からお煎餅とお饅頭を取り出して、私用に熱い緑茶を淹れた。
「アレンー、ココアのおかわりいる?」
「だいじょうぶです。……あの……」
一旦はうなずいたアレンが、もじもじとマグカップを置いて手をいじり始める。
首を傾げながら根気よく続きを待っていたら、思いがけないテポドンを発射された。
「……さんといっしょの、のんでもいいですか?」
「…………わかった、今コップ出すね!」
なんて可愛いことを言ってくれるの、このわんこは!!
ものすごくいい笑顔をしている自信があるよ、私。
「苦いと思うけど、大丈夫?」
「はい。がんばります」
こくりとうなずいたアレンの手元に、ほんの少しだけ緑茶を入れた湯飲みを置く。
ソファーにちょうどいいローテーブルでも、ラグに座ったアレンの身長には少し高めだ。
よいせと立ち上がるアレンのお尻の下に、厚手のクッションを押しこんだ。
「あ……ありがとうございます」
「不安定になるかもしれないから、気をつけてね」
「はい」
くすぐったそうにはにかんだアレンの頭をなでて、お煎餅をかじる。
緑茶には甘いものもしょっぱいものも合うけれど、お煎餅との組み合わせは最強だ。
いや、お饅頭も同じくらい最強だけれど。
アレン用に8分の1に割ったものを渡しながら、次のレポートに使う参考文献を流し読みする。
ふうん、古事記には書いてないのに……日本書紀だとこんな話の筋もあるんだ。
取捨選択する側も大変だっただろうと思いながらぺらぺらとページをめくっていたら、いつの間にかアレンがじっとこちらを見ていた。
「……どうしたの?」
「あの、それ……なんですか?」
それ、とアレンが指すのは、手元の文献。
物語といえばそうだけれど、アレンに読めるような代物ではないだろう。
原文のままだし。
私も時々投げ出したくなるし。
「次に書くレポートに使う本だよ。結構難しいかな」
「読んでみても……いいですか?」
「え?」
おそるおそる上目遣いでそう言ったアレンを、思わずまじまじと見つめてしまう。
「……アレン、これ読めるの?」
「いえ……その……」
もじもじとためらっていたアレンは、目をそらしてぽつりと呟いた。
「さんとおそろいの……してみたいんです」
真っ赤な顔で言ったきり、アレンは両手で顔を押さえて黙りこんでしまう。
そのあまりの可愛さに叫びたくなるのを必死でこらえ、ひょいとクッションの上から抱き上げた。
「今度、何か絵本でも買ってこようか。昼間は何もないから、本当に暇でしょ」
「いいんですか?」
「もちろん!適当に買ってくるから、他にほしい話を見つけたら教えてね」
今日はとりあえずこれ、と膝の上に座らせて日本書紀を音読し始めると、アレンは物珍しそうに文面を目で追っている。
古語が珍しいのだろうと思っていたのだけれど、そのうちにふと気づいた。
ページをめくる度に慌てて右上に移動する視線。
けれどもそのうち、ふらふらと迷うようにあちこちをさまよう視線。
この子多分、文字読めてない。
まあ、今までの状況を考えると、それも当たり前なのだろう。
こっそりと苦笑して、小さな頭をなで回す。
「さん?」
「焦らなくていいよ。私もこれ、読めるようになったのは、2年くらい前の話だから」
不思議そうに振り返ったアレンに笑って、近くのチラシにひらがなを「あ」から「ん」まで書いて渡す。
「これがひらがな。ここから順番に、あ、い、う、え、お 」
「あ……い、う、え、お……か、き、く 」
たちまち熱中し始めたアレンは、実は勉強熱心なのかもしれない。
小さくあいうえおを読んでいく声は、不思議と邪魔にはならなかった。
「アレン、ちゃんとお茶も飲むんだよー。喉乾くからね」
「はい」
アレンはひらがなのお勉強、私はレポートのお勉強。
いつもよりもずっと静かなおやつの時間になったけれど、居心地は悪くなかった。
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