アレンが来てから、家に帰るのが楽しみになった。
ドアをくぐれば必ず「おかえりなさい」と駆け寄ってきてくれる。
出かける時は必ず「いってらっしゃい」と寂しそうな顔で見送ってくれる。
すっかり一人に慣れていたけれど、その言葉がものすごく嬉しいことに気づいた。
家に誰かいるって、いいな。
「、最近付き合い悪い!」
「ごめんー!バイトが忙しいんだよ」
口を尖らせて文句を言う友達にそんな言い訳をして、今日も足取り軽く家に急ぐ。
今日の夕飯は何にしよう。
牛のばら肉があったから、ハッシュドビーフもいいかもしれない。
カレーは身体を冷やすから、あれは夏までのお楽しみだ。
今日のお昼、アレンはちゃんと食べられただろうか。
食事のメニューを考えるのがこんなに楽しくなるなんて、数ヶ月前までは思ってもみなかった。
これもアレンのおかげかと思うと、街中だというのに顔がゆるむ。
「ただいま!」
「おかえりなさい、さん」
声をかけながら中に入ると、アレンが玄関の手前まで走ってくるところだった。
鍵を開ける音で、いつもの定位置から飛び下りたんだろう。
「今日のご飯、どうだった?」
「すごくおいしかったです。さん、おりょうりじょうずなんですね」
何の邪気もない笑顔でそう言われて、柔らかい髪の毛をくしゃりとなでる。
小さい頃から、よくもまあ女性を喜ばせる言葉が言える子だこと。
これで大きくなったら大変じゃないかと思いつつも、今が殺人的に可愛いからまあいいかと放置。
そのうち自然に自重するようになるだろう、うん。
「ちょっと待っててね、お夕飯の支度するから」
「はい。なにかおてつだいできること、ありますか?」
「大丈夫。後でお願いするから、いい子で待ってて?」
こくりとうなずくアレンを抱き上げて、ソファーの上に座らせた。
手早く鍋の中で野菜を炒めながら、アレンが危ないことをしていないか時々視線を向ける。
うん、いつもの通りいい子。
「明日はバイトだから、ちょっと遅くなるね。8時くらいには帰れるから、それまで食事は我慢できる?」
「はい。ぼく、まってます」
「いい子だね」
アレンには少し熱いハッシュドビーフを吹いて覚ましながらそんな会話をした時には、 翌日どんなことが起こるかなんて想像もしなかった。
困ったお客さんに頭を痛めながら、何とか今日もバイトが終わる。
キッチンの子もそろそろ片付け終わる頃だろうと思いながら着替えていると、ロッカールームに社員さんがひょっこりと顔を出した。
「あ、いたいた。3人とも、この後飲みに行くよ!」
「はーい!」
「やった!」
弾んだ声で返事をする2人の横で微妙な顔をしていると、社員さんにがっしと腕をつかまれる。
「さんも!あんた最近付き合い悪いんだから、たまには一緒に行こうよ」
「いや、その……」
「駄ー目!はい決定、行くよー」
店長もおいでって言ってるんだからと引っ張られて、もう抵抗できない状態になってしまった。
店の外には他のバイトも全員集まっていて、ますます帰ることなんかできやしない。
幸い言われた飲み屋は駅のすぐ傍だ、最初だけいてすぐに帰れば大丈夫だろう。
そう思いながらついていったはいいけれど、どうにもまずい状況になったと焦るまでには、そう時間はかからなかった。
「ほらほらさん、飲んで飲んで」
「や、あの、店長」
「大丈夫だって、半分俺がおごるから!」
まだ30代半ばの店長は、酒が入るとものすごいハイテンションになる。
その餌食に、よりにもよって今回、私が選ばれてしまった。
「あの、ほんとにもう帰らないとやばいんで……」
「えー?さん実家じゃないじゃん!」
確かにそうだけど!その通りだけど!!
もう泣きたい……!
時計はもう、10時近くを指している。
家ではアレンがお腹を空かせて待っているのだ。
心配で心配で、食事なんてできるわけがなかった。
そわそわと時計を気にしていると、バイト仲間がこっそりと背中をつついてくる。
「……何か用、あるの?」
「小さい子、家に一人でおいてるの……。食事も作ってないし、お腹空かせてる……」
半泣きでささやくと、焦ったようにささやき返された。
「げ……やばいじゃん、それ!店長は俺が変わるから、は早く帰れよ」
「ごめん……任せた」
さりげなく店長に絡んでくれた仲間に感謝しつつ、こっそりと飲み屋を抜け出す。
時間はもう、10時直前だ。
超ダッシュで改札まで走って、ドアが閉まる直前の特急に飛び乗る。
ここから1駅、10分強。
早く、早く、早く!!
走って走ってマンションに飛び込むと、通路をよたよたと歩くアレンの姿が見えた。
どうして!?
ちゃんと鍵もかけてあったし、勝手に外に出るような子じゃないのに!
「アレン!?」
思わず大きな声で呼ぶと、小さな身体がびくりと飛び跳ねた。
勢いよく振り向くと、くしゃりと顔を歪めて走ってくる。
「さん……!」
「どうしたの?何かあった?ああ、遅くなってごめん……!!お腹空いてるよね?待ってて、すぐに食事の支度 」
さらうように抱き上げて、涙でくしゃくしゃの顔を覗きこむ。
まくしたてていた言葉は、ぎゅうと首元にしがみついたアレンに遮られた。
「も……っ、かえってこな……と、おもった……!」
は、と呼吸が変に止まった。
そんな私に気づいた様子もなく、アレンはしゃくりあげながらますます強くしがみつく。
「もう、ぼく、いらないこな、かとおもった……!!」
「 馬鹿!」
反射的に怒鳴って、大きく跳ねるアレンの身体を抱き締めた。
「ごめん!ほんとにごめん!こんなに遅くなるとは思わなかったけど 不安にさせてごめん!」
何度謝っても謝りきれない。
そのまま抱っこをして部屋まで戻って、裸足のままだったアレンを床に下ろした。
私も膝をついて視線を合わせ、しっかりと言い含めるようにゆっくり言葉を紡ぐ。
「アレン、大好きだよ。アレンが出て行きたくなるまで、お願いだから一緒にいて。アレンがいないと寂しい」
「…………っ、はい!」
泣きながら抱きついてきた身体が冷たくて、少しでも暖まるようにと強く抱き締めた。
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