「アーレーン」
「はい。なんですか?さん」


お気に入りらしいぬいぐるみをぎゅうと抱きしめて、アレンが首を傾げながら顔を上げる。
おいでと手招きをすると、ぱっと輝かせていそいそとソファーから降りた。
読みかけだった絵本も、もちろん一緒に持ってくる。


「一緒に本、読もうよ。何読んでるの?」
「にんぎょひめです!」
「人魚姫……そっか、女の子向けのしか買ってなかったか」


オズの魔法使いも買おうかと思っていたけれど、考えてみればあれも女の子向けかもしれない。
男の子向けの童話なんかあったか?と思いつつ、アレンを抱き上げて膝の上に乗せる。


「温かいね、アレンは」
「え?……そうですか?」


子供体温がちょうどいいホッカイロ代わりだ。
上から膝かけをかければ、下半身はもうぽっかぽか。


恥ずかしそうに身動ぎをしたアレンをなでて、その手から本を受けとる。


   『人魚姫は貝殻で水を飲ませ、一生懸命王子様を介抱しました』」


何だこの本、絵本なのに難しい言い回しが多いな。
私の時もこんな感じだっただろうか。


アレンは意味がわかっているんだろうかと様子を見てみたけれど、どうやら何となくはわかっているらしい。
人魚姫のお姉さん達が短刀を持ってきたところでは、微笑ましいくらいにはらはらしていた。


「にんぎょひめ、どうするんでしょう……」
「アレンはどうすると思う?」


不安いっぱいの声で呟くアレンに、本を中断して訊いてみる。


私だったら多分、迷っても最終的に刺しているだろう。
一目惚れをしたということは外見に惚れた割合が多分にあるし、これから先にまた好きな人ができるかもしれない。
姉達だって、当時の女性の命とも言える髪を切ってまで、戻ってこいと強く願ってくれている。


何よりも、外見だけの相手のために自分が死ぬのは嫌だ。


かなり薄情な人魚姫のストーリーを立てながらアレンを見下ろすと、真剣な表情でぽつりと呟いた。


「ぼく……にんぎょひめは、おうじさまをころせないとおもいます」
「どうして?」


子供独自の純粋さと言うには、少し様子が違うようだ。
神妙な顔をしているアレンの顔を覗きこむと、真っ直ぐな目と視線がぶつかった。


   だって、もしぼくがにんぎょひめなら、さんをころさなきゃいけないんでしょう?そんなの、やです」
「…………」
「ぼく、さんがいなくなっちゃうの、いやです」


もう一度噛みしめるように呟いたアレンは、小さな手で人魚姫の絵をなでる。


何も知らない人魚姫。
そんな彼女を助けて、地上での世話を焼いた王子様。


言われてみれば、アレンを人魚姫に置き換えた時に、私は王子様のポジションになるのかもしれない。
だからアレンは、人魚姫の気持ちになった時に、そんな結論を出したのかもしれないけれど   


「私は、人魚姫はもうちょっと、視野を広げてもいいんじゃないかって思うよ」
「しや、をひろげる?」
「ああ、ええと、いろんなことをしたり聞いたりして、もっといろんなことを感じること。たとえば、朝は目玉焼きしか食べたくないって人も、もしかしたらオムレツだっておいしいし、スクランブルエッグとかハムエッグもいけちゃうかもしれないでしょ?それだけじゃなくて、純和風にごはんとお味噌汁もおいしいかもしれないし」


一つの事しか知らなければ、それしか基準にできるものがない。
もしかしたら王子付きの小姓の中に、人魚姫に心底惚れている人がいるかもしれない。
隣国の王子と相思相愛になるかもしれない。


つまりはまあ、そういうことで。


「ちょっとずつでいいから、アレンもいろんなことを知っていこうね。そうしたらきっと、今よりもずっと楽しくなるよ」
「はい!」


にっこりと笑ってうなずいたアレンの頭をなでると、はにかむように身体を寄せてきた。
ようやくここまで気を許してくれるようになったかと、感慨深くなってしまう。


「じゃあ、さんは、もしさんがにんぎょひめでぼくがおうじさまだったら、どうしますか?」
「私だったら?」


もちろん、そんなのきまってる。




「短刀引っ提げて魔女のところに行ってやるよ。業突く張りもいい加減にしろってね」




大体あの魔女、色々ともらいすぎなのだ。
人間ほどほどが一番なんだよ、ほどほどが。


にやりと笑って答えると、アレンの尻尾がぶわりと広がった。
怯えてるのかい、失礼な。


「……さんがにんぎょひめだったら、きっとおうじさまはしあわせですね」
「そう?王子様にはもう他に好きな人がいるんだから、怖がられちゃっておしまいかもよ?」
さんなら、まちがわれるようなことしませんもん!」


自信満々に答えたアレンは、一体どこからその自信を持ってきたんだろうか。


あ、私の普段の行いですか、そうですか。
そうですよね、それ以外ないですよね。


我ながら漢前だと言い切れるこの性格が、ちょっぴり切ない。


「……ありがとね」


悪気は全くないんだろうアレンの頭をなでて、こっそりため息をついた。


さん、つづき、よんでください!」
「いいよー」


……まあ、いいか。
何かもう、アレンが可愛いし。


嬉しそうにねだるアレンに答えて、次のページをめくる。
話が進むのと一緒にはらはらしている小さな後頭部を見るのは、思っていたよりも楽しかった。




「あ、あああ、ああ……!!さ、さん……!!」
「うん、実はこんな終わり方なんだよねー」
「に、にんぎょひめはしあわせになれないんですか……!」
「残念だねー」


ほろほろと泣く様子も、また可愛いもので。