……どうしよう。


ハンバーグを焼きながら、こっそりため息をつく。


まずい。非常にまずい。
何がまずいって、とにかくまずい。


さん、コップ、はこびます」
「ん?ああ、ありがと、アレン」


両手を目一杯伸ばすアレンに大小2つのコップを渡し、だましだましにっこり笑う。
アレンは小さく首を傾げたけれど、素直にうけとって踵を返した。
落とさないように慎重に歩くアレンを少しだけ見送って、すぐにフライパンに意識を戻す。

跳ねる油に注意しながら、フライ返しでハンバーグをお皿に   




「熱   っ!!」
さん!?」




お皿の代わりに、手に思いっきり乗せてしまった。


思わず取り落としたお皿は、駆けつけたアレンが上手にキャッチ。
もんどりうって頭を床にぶつけたように見えたけれど、痛くしてはいないだろうか。


「アレン、痛くない?」
「へっちゃらです……!」


涙目で、それでもしっかりとお皿を抱えている様子は、思わず顔がほころぶほど可愛らしい。
流水で火傷をした部分を冷やしながら、片手でアレンを抱き上げた。


「痛いくせに。お皿、キャッチしてくれてありがとね」
「……さんは、だいじょうぶですか?」
「うん、平気平気」


後で薬を塗っておけば、特に問題ないだろう。
ひりひり痛む手をこっそりと隠しながら笑ったら、アレンが激しくかぶりを振った。
小さな手で私の腕をぎゅうとつかみ、懸命に眉根を寄せる。


さん、きょう、なんだかいつもとちがいます」
   いつもと同じだよ」
「うそです!」


なるべく冷静にいつも通りに答えたはずなのに、アレンは即座に否定した。
なかなかあなどれないと内心舌を巻きつつ、にっこり笑って銀色の頭をなでる。


「何が嘘なの?」
さん、いつもよりつらそうです。いきだってあさいし、うごくのだってゆっくりです」


絶対に無理をしていると言い張るアレンを適当に流しながら、フライパンに逆戻りしていたハンバーグを今度こそお皿に移す。
一旦アレンを下ろして火傷に薬を塗ろうとしたところで、またやってしまった。


「……っ!」
さん!」


とっさにシンクに手をついてこらえたけれど、今度の目まいはなかなかおさまってくれない。
奥歯を食いしばって崩れそうになる足下を踏ん張っていたら、アレンが泣きそうな顔で足にしがみついてきた。


「やすまなきゃだめです!」
「薬飲んどけば治るよ」
「だって、ふらふらじゃないですか……!」


まるで私が死ぬとでも言い出しそうなその様子に、これ以上心配させるのがとても申し訳なくなってくる。
だけど、今日やらなきゃいけないことがたくさんあるのだ。
たまった洗濯物のアイロンがけに来週の課題3本にシケタイから回ってきたノートのコピーに……。


…………明日でもいいか……。
ろくに働かない今の頭でやっても、きっとまともなものができない気がする。


「ご飯食べたら薬飲んで寝るよ」
「ぜったいですよ?」
「うん」


ちょこちょこと後をついてくるアレンに苦笑しながら、いつもより食欲がないお腹に無理矢理ハンバーグを詰めこむ。
片づけもそこそこに、アレンが一生懸命引っ張りだしてくれた肌掛けにくるまって寝転んだ。


さん、おふとん……」
「もう駄目、気力ゼロ……」
「じゃ、じゃあ、ぼくがしきますから」
「平気平気」
「だめです!」


必死にかぶりを振ったアレンが布団(アレン用)(小さすぎる上にアレンには絶対敷く力がない)を引っ張り出そうとしたから、しぶしぶ起き上がってベッドにダイブする。
勢いよく飛びこみすぎたせいで、少し身体がバウンドした。


アレンに急かされて布団の中に潜りこみ、ぼんやりする頭で今日の夕飯はどうしようと考える。
レトルトが何か冷凍庫にあっただろうか。
もしなかったら、最終手段でデリバリーを頼まなければ。
ああ、でも、アレンに受け取ってもらうわけにはいかないか   


そんなことをつらつらと考えていたら、額に冷たいものがびしゃりと乗っかった。


「……ありがと、アレン」
「きもちいいですか……?」


心配そうに背伸びをしたアレンが、ベッドの端に両手をかけて眉を下げる。
乗せられたのがいつも布巾に使っているものだとか、全然力が足りなくてべしょべしょだとか、まあ色々あるけれど。


「気持ちいいよ」


その気持ちが嬉しかったから、何も言わないでおこう。
……額から水がだらだら流れ落ちそうなのは、この際目を瞑っておく。


「ええと、おねつはかって、おくすりのんで、あとは、あとは   
「適当にやるよ、アレン。それより、夕飯はどうしようね?」
「ぼくが」
「作るのは駄目。刃物は危ない。……しょうがない、ピザでも頼むか」


夜には玄関に出られるくらいまでは回復しているだろう。

アレンに水と薬を持ってきてもらって、黄色い錠剤を3錠飲む。


その色にビタミン剤かと突っ込んだこともあったけれど、本当に入っていればいいのに。
ビタミンも摂った方が、何となく治りが早い気がする。


さん、なにかほしいものはありますか?」
「大丈夫。ちょっと寝るから、アレンも好きにしてて」


だるい腕を持ち上げて頭をなでると、青銀色の瞳が何かを言いたげにきょときょとと動いた。
両手も布団の端をぎゅうとつかんで、何やら一生懸命だ。

正直あんまり構ってあげる(精神的)余裕はないのだけれど、どうしたのとうながしてみる。
と。




「あの、あの、あの   いっしょにねても、いいですか?」




「……風邪が移るから駄」
「ぼく、からだはじょうぶなんです!ゆたんぽがわりにもなりますし、その、だきまくらにもなりますし、あの   


湯たんぽやら抱き枕やら、一体どこで覚えてきたのやら。
あんまり必死に言うものだから、思わず苦笑してしまった。


「……おいで」


そう言った途端、アレンがぱっと表情を輝かせる。
飛び乗るようにベッドの上にあがってきて、すぐに隣に潜りこんだ。

すり寄ってくる身体を抱きしめれば、なるほど湯たんぽよろしく温かい。
こりゃいいやと小さく笑って、おとなしく睡魔に身をゆだねた。