最近ちょっと、バイトを詰めすぎたかもしれない。
だるさを訴えてくる身体をだましだましやりくりしていたけれど、さすがに今日はバイトを休んだ方がいいかもしれない。
バイト中にぶっ倒れたら、それこそ周りの迷惑になってしまう。

少しぼんやりする頭でそんなことを考えていたら、アレンが心配そうに覗きこんでいた。


さん、どうしたんですか?」
「ん?大丈夫、何でもないよ」


さらさらの頭を優しくかき混ぜて、心配いらないと微笑んでみせる。
まったくもう、変なところで心配性なんだから、このわんこは。
でもそれが愛しくて、自然に顔がゆるんだ。

くすぐったそうにはにかんだアレンを抱き上げて、これでもかというほどかいぐりかいぐりする。
端から見るとちょっと乱暴かもしれないけれど、密着度の高いこれが、アレンは一番気に入っているのだ。
小さい手でぎゅっとしがみついてきて、嬉しそうにきゃあきゃあとはしゃぐ。
その様子がまた可愛くて、かいぐりする手に力が入ってしまうのは仕方がないだろう。


「アレン、今日は何食べたい?」
さんのおりょうり、なんでもだいすきです!」


見たか、この可愛さ!
散々ペット自慢をする友人達に見せつけたい、この殺人的な可愛さ!
アレンが一番可愛い!!


頭のてっぺんにキスをすると、はにかんだ笑顔で見上げてくる。
この衝動を何と言うんだろう。
恋!?まさか恋!?
なんて馬鹿なことを考えてみたけど、正直なところ、アレンさえいれば今の私には充分だ。

一人暮らしの女+ペット=男ができないの方程式が、なんとなく理解できた。
全力で愛情を注いで、しかも全力で返してくれる存在がいれば、そりゃあ男もいらないでしょうよ。
むしろ邪魔だ。

事実、下手に男友達と親しくするとアレンが泣きそうな顔をするから、最近は自然に女友達とばかりつるむようになった。


さん、きょうもだいがくのれぽーと、あるんですよね?」
「あ、うん。ごめんね、春休みなのに」


来年はゼミに入るから、そのための志望論文を書かなきゃいけない。
これがまたやっかいもので、うまくまとまってくれないのだ。

提出は来期の頭だけど、先輩から「真面目に書かないと、後でリアルに泣きを見るよ」と忠告されたから、前倒しで仕上げておいて損はない。
教授達はこの論文を基に、誰をどのゼミに入れるかを議論し合う……らしい。
入りたいゼミは学部でも競争率一位の教授のところだから、手を抜くわけにはいかないのだ。

そうじゃなきゃ、何が悲しくて春休み早々にパソコンにかじりつかなきゃいけないんだ。
実家からは帰ってこいコールもうるさいし、ここは論文を盾に退避させてもらおう。
そうすればアレンと一緒にいられると、銀色の髪の毛をなでながら考える。


「いいえ。ぼく、さんがいっしょうけんめいなの、しってますから」


アレンはにこりと天使のような笑顔を浮かべて、「ぼく、じゃまにならないように、あっちでごほんをよんでますね」とローテーブルに向かっていった。
途中でマガジンラックから引っ張り出して、両手に抱えているのは、アレンのお気に入りの絵本。

人間の子供よりもずっと聞き分けがいい。
やっぱりアレン最高。

当たり前のことを再確認して、ノーパソに向かい直る。
さて、この忌々しい志望論文をやっつけてしまわねば。








どれくらい時間が経っただろう。
目が乾いてしぱしぱするようになったから、一旦パソコンを閉じる。
冷蔵庫から目薬を取り出して、2滴ずつ投下。

ああああ、目にしみる!
社会人って偉いな、朝から晩までパソコンと睨めっこしてるんだもんな。
よくドライアイにならないな。

下を向いて目薬を全体に染み渡らせていたら、くいくいと服の裾を引かれた。


さん……だいじょうぶですか?」
「ああ、うん、ちょっと目が疲れただけ」


大丈夫だよと笑いかければ、安心したように小さく笑うアレン。
その手に紙が握られているのを見つけて、また字の練習をしていたのかと感心する。
ずいぶん勉強熱心だもんな、この子は。

けれど、いつもならば楽しそうに見せてくれるその紙を、何故か今日は手に持ったままだ。
もじもじと恥ずかしそうに下を向くアレンの頭をなでて、しゃがみこんで目線を合わせる。


「どうしたの?アレン」


いつもならまっすぐにこちらを見て話すのに、今日はふらふらと視線をさまよわせている。
そんな状態がしばらく続き。


「あの……あの…………これ……!」


意を決したように差し出された紙を、首を傾げながら受け取る。
今日はうまく書けなかったんだろうか。
アレンは真面目だから、落ち込んでいるのかもしれない。
そんなことを考えながら紙を開いて目を通して、絶句した。




さんへ
いつもいっしょにいてくれて、ありがとうございます。
だいすきです。
アレン』




「……………………」
「あ、あの、さん?」


一転して不安げな表情になったアレンに呼ばれて、はっと我に返る。


   ああ、ごめん。あまりにも衝撃的すぎて違う世界に行ってた」
「……めいわく、でしたか?」
「全然!すごく嬉しいよ、ありがとう」


しょんぼりと尻尾を垂らしたアレンの額にキスをして、どうしてこんな手紙を書いたのか訊いてみた。
そうしたら、返ってきたのは意外な言葉。


「てれびで、ばれんたいんでーっていうのをやってたんです。じしょでしらべてみたら、だいすきなひとにきもちをつたえるひだって」


今日がバレンタインデーだから、一生懸命書いてくれたらしい。

そうか、今日はバレンタインだったか……!!
毎日忙しくて忘れてたよ。
スーパーに行っても、食料品以外は基本スルーなのが裏目に出たか……!


「ごめんごめんごめん!!すっかり忘れてた!アレン、何かほしいものある?」


とらやの最中と言われても、今日ならマッハで買ってくる。
そんな意気込みで訊いたのに、アレンはへにゃりと幸せそうに笑った。


「ぼく、さんといっしょにいられるだけで、うれしいです」