「神田っ――!!」


の悲痛な叫びを切り裂いて、アクマの下品な笑い声が響く。


「神田っ、神田神田神田!!」


床に突き刺さった六幻が、見る間に発動を解いていく。
震える手を六幻に伸ばし、力任せにそれを引っこ抜いた。
一足先に駆け出したアレンの後を追うように、も六幻をしっかりと抱きしめて走り出す。


「トマさんはそこにいて!」
殿……」


重傷と言っていいだろうトマにそう言いおき、背中に走る痛みをこらえ。


「っ、神田!」


アレンに担がれた神田にすがるが、荒い息が返ってくるだけ。


さん、ひとまず逃げましょう!ここにいてもどうにもなりません」
「――うん」


軽々と2人を担ぐアレンを見て、自分のなんと非力なことかと思い知らされる。




「アレン君、大丈夫?」
「全然平気ですよ」




明らかに息が上がっているにもかかわらず、アレンは問いかけたに笑いかける。


――ああ、私にもっと力があれば!


歯がみをする思いでアレンについて歩いていると、微かに美しい歌声が響いてきた。




「――ララ?」




美しい美しい、哀しい歌声。
いっそ紛い物のようにも聞こえるそれは、紛れもなくあの少女のもので。


「……行ってみましょう。人形もそこにいるかもしれません」


アレンの言葉にうなずいて、2人を抱えて歩みが遅い彼を案内するようにが先を歩き始める。


「大丈夫?」
「はい。さんこそ、どこも痛くありませんか?」
「私は平気。それより、早く2人を休ませないと……」


そう言いながらちらりと見上げる彼女の視線には、確かに彼をも案じる気配があって。
アレンは疲れた顔に屈託のない笑顔をのぼらせた。


「僕なら平気ですよ。何てったって、本部までの断崖絶壁を登りきったんですから!」


その言葉にも思わず顔をほころばせ、強い目で前を見据える。




「――行こう。こっちだね」
「はい」




どことも知れぬ場所をさまよっていたら、やがて開けた場所に出た。
その中程で、グゾルとララが向かい合っている。




「はい、グゾル。ララはグゾルのお人形だもの」




「――え?」


お人形?
誰が、誰の?

混乱したがもらした声に気づき、ララが鋭く振り返った。


「あ、その――君が、人形だったんですね」


呆然と呟いたアレンとララの攻防があったりもしたが、とりあえずは神田を丁寧に地面に寝かせた。
次いでトマも同じようにすると、アレンから渡された団服を丸めて神田の枕代わりにする。




「神田……」




大丈夫なのだろうか。
団員が怪我をしてくることは知ってはいたけれど、まさかこれほどまでとは思わなかった。


「ねえ、神田ぁ」


にじみそうになる視界をこらえて、そっと無事な方の神田の腕を揺らす。

起きて、目を覚まして。
温かいままでいて。

白い布を鮮血に染めて逝ってしまった人たちの姿が脳裏にちらつく。


「死なないで……」


祈るように振り絞った声に、不機嫌そうなそれが小さく答えた。




「誰が死ぬか」




「――え?」


今、誰が答えた?


「揺するな。傷に響くだろ、馬鹿が」
「え、か、神田?」
「だから揺するなってんだよ!」


低い声で怒鳴られて、がおもしろいほど反応する。
慌てて下を見れば、それは不機嫌な表情の神田と視線がぶつかった。


「神田、大丈夫!?」
「これぐらいの怪我でガタガタ抜かしてんじゃねェ」


泣きそうな声で問いかけたにざくりと言い捨て、必死にアレンに懇願するララを見る。


「この心臓はあなた達にあげてもいい、でも、最後まで一緒にいさせて」
「駄目だ!」


今まで気を失っていたとは思えないほど鋭く大きな声に、は思わずびくりと身を震わせた。


「今すぐその人形の心臓を取れ!!」


厳しすぎるその言葉に、は呼吸が止まったような錯覚に陥る。


「か……神田、だって、それをしたらララは死んじゃ」
「俺たちの任務はイノセンスの保護、それが第一に優先される」
「そんな――」


犠牲の上にしか成り立たない任務。
血にまみれてなお、白く光を放つイノセンス。
たったこれだけのものの為に、ささやかな願いも叶えられないというの?

だから、できないとアレンがかぶりを振ったとき、は心底ほっとしたのだ。


「ね、神田、もうちょっと待って――」
「んな悠長なことを言ってられる状況かよ!アクマがいるのはお前だってわかってるだろうが!!」


大きな声で怒鳴られて、の肩がびくりと跳ねる。
だが、それでも、引くわけにはいかなかった。


「だって、もうすぐ死んじゃうんだよ!?運ぶのが面倒って、面倒なだけなら我慢して連れていけばいいじゃない!神田だって、あの人にもうちょっとで会えるって時に、任務の邪魔だからって殺されてもいいの……!?」
「黙れ!!」


今まで聞いたことがないほど激しい声だった。
必死に言い募っていたも思わず動きを止める。


「任務の厳しさも知らないお前に、何がわかる!これ以上口を挟むな」


ぎらぎらと光る目でを睨み据え、神田は吐き捨てるようにそう言った。
そうして、全員でララ達に視線を戻して――。




「――え?」




大きな爪が、グゾルごと彼女を貫いていた。


「ら……ララ!ララ!?」


瞬時に臨戦態勢に入ったエクソシストの脇で、は真っ青な顔でララにしがみついた。


人間と言われても信じられたあの面影は、もはやどこにもない。
からくり人形だと明らかにわかるそれを、しかしは必死に抱きしめる。


「死んじゃやだぁ……!」
、その人形を守ってろ!」


緊迫した神田の声が聞こえて、反射的にの腕に力がこもる。


守れ。
神田がそう言った。

ならば私は、その期待に応えなければ!


砂に包まれたアクマを睨み、アレンがその体内に飲み込まれてもぐっとこらえる。

私の役割は、ララを守ること。
お荷物でしかなかった私に、不確定要素でしかなかった私に、やっと与えられた役目。
守らなければ、これから先何ができるというの?

アレンが心配でたまらない心を押さえつけ、にじむ視界でアクマを睨むの脳裏に、その時鈴を振ったような声が響いた。