あとちょっとで、今日の勤務も終わり。
誰もいなくなった医務室で、固まった肩をぐるりと回す。
回す度にばきばきとものすごい音がして、ここまで凝ったかと眉を顰めてしまった。
「あー……整体行きたいなあ」
今度の休みに、少し探してみようか。
そんなことを思いながら書類を揃えていたら、ドアの開く軽い音がした。
もう少しで終われると思ったのに、今日はついていないようだ。
「はいはーい、どうしました?」
「、もう上がりか?」
「……あれ?」
ひょこりと顔を覗かせたのは、怪我をした様子もないクラウド。
どうしたのかと首を傾げて見やると、クラウドはちょっと照れたように、それでいて緊張しているように笑った。
「、腹減ってない?」
「空いてる。何かあるの?」
思わず即答したけれど、そんな自分が恥ずかしい。
頬が熱くなるのを感じながら答えた私に、クラウドはほっとしたように息を吐いた。
「あの、さ」
「うん」
そこで一旦言葉を切ると、クラウドはちろりと唇をなめる。
その仕草がいやに色っぽくて、ますます顔が熱くなった気がした。
「さっきケーキ買ってきたんだけど、食べないか?」
「食べる!!」
即答。
さっき以上の即答。
何とも微妙な沈黙が数秒続いて、クラウドが小さく吹き出す音がした。
「そくっ……即答……!!」
「 っ、ああああもう、ごめんなさいー!!どうせ食い意地張ってます!!」
「いや……っ、別にいいんじゃない……か?」
「……笑いながら言われても、全然嬉しくないんですけど」
嘘っぽいと睨みつけると、今度は慌てたように手を振る。
「悪かった!ごめん!」
その様子があまりにも必死で、すぐに怒る気も失せてしまった。
もう一度軽く睨んで、後はもう表情をゆるめる。
「いいよ、もう怒ってない。ケーキ、くれるんでしょ?」
「あ、うん」
「どこにある?今持ってる?」
ここにあるならすぐに食べようと思って訊くと、クラウドが眉を下げてかぶりを降った。
「俺の部屋にある。ちょっとでも冷やしておいた方がいいかと思って」
「そっか……どうしよう」
さすがに部屋まで押しかけるのは、申し訳なさすぎる。
けれどケーキは食べたくて、自分の部屋に帰ってゆっくり食べようと考えた。
「じゃあ、引き取って 」
「あ、あのさ、俺の部屋で食べてくか?」
「は?」
持ち帰って食べるよと言おうとしたのと同時に、クラウドがそんな提案をする。
思わず間抜けな声が出てしまったのは、仕方がないことだろう。
「クラウドの部屋で……?」
「いっ、嫌なら別にいいんだ!ただ、持って帰るのもめんどくさいだろうと思って……!」
その言い方があまりにも必死だったから、何だかおかしくなってしまった。
小さく吹き出すと、あとはもう笑いが止まらない。
「クラウド、真っ赤……!」
「ほ、ほっとけ!!」
真っ赤になって怒鳴るクラウドがまたおかしくて、しばらく笑いが止まらなかった。
「もういいよ、勝手にしろよ……」
「ごめんごめん、やさぐれないで」
笑いすぎて出た涙をぬぐいながら、なだめるようにクラウドの背中をさする。
すっかり拗ねてしまったクラウドは、じろりと赤い顔で睨んできたけれど……赤くなりながらだと、全然怖くない。
「ごめんってば。早く行こうよ、お腹空いちゃった」
「……食い気たっぷり」
「そうそう、お腹空いてるからね」
実は今にもお腹が鳴りそうだから、結構本音だったりする。
さあ行こうと腕を引っ張ってせかすと、クラウドがふと表情をゆるめて苦笑した。
「……わかったよ」
心なしか急ぎ足でクラウドの部屋に行って、示されたソファに座ってケーキを待つ。
どんなものをくれるんだろうと楽しみにしていたら、サーブし慣れていないとわかる動きで、クラウドが目の前にケーキを置いてくれた。
「ショートケーキは好き嫌いがあるって、店の人に聞いたから……フルーツタルトにしてみたんだけど」
苦手だったかと訊かれたような気もしたけれど、ケーキに気をとられすぎていて、正直あまり聞こえていなかった。
「すごい、おいしそう! ごめん、今何か言った?」
「……大丈夫そうだな」
あきれたように笑われて、やっぱり訊かれていたんだと気づく。
まあ、答えは伝わったようだし、よしとしよう。うん。
結果オーライだ。
フォークで先を少しだけ切り分けて、大事に口に運ぶ。
その瞬間にフルーツの甘みとタルト生地の食感がまざりあって、思わず顔がほころんだ。
「おいしい……!」
疲れているのもあって、おいしさはひとしおだ。
幸せを噛み締めながら食べていたけれど、ふと気づいた。
クラウドはどうして、ケーキなんて買ってきたんだ?
そんなに甘い物好きなイメージはなかったけれど、もしかしてそうなんだろうか。
そうだとしたら、せっかくのケーキを私が横取りしている形にならないだろうか。
「せっかく買ったケーキ、私が食べていいの?」
直球勝負で訊いてみたら、クラウドが微妙に言いにくそうな顔になった。
「これは……いつも、には世話になってるだろ?だから、そのお礼っていうか、お詫びっていうか……」
口ごもってしまったクラウドに首を傾げて、つまり私に渡すために買ってきたんだなと解釈。
それならばさらに嬉しいし、おいしく感じるというものだ。
「ありがとう!」
「……お礼を言うのは、こっちだって」
「いやいやいや」
色々なフルーツがぎっしり詰まったタルトは、最後まで変わることなくおいしかった。
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