岩と砂ばかりの道なき道を爆走して、ようやく着いたグランドキャニオン。
さすがにこの一帯での連日野宿は遠慮したくて、宿がとれないかを入口で打診してみる。


「困ったなあ……グランドキャニオンは、今は外部からの受け入れをしていないんですよ。旅人用の施設もあることはあるんですけど、広くないからいっぱいで」
「困ったなあ……」


つまりは、泊まる場所はどこにもないと。

思わずお兄さんの言葉を繰り返しながら、どうしようと首をひねる。
泊まる場所がないからといって、はいそうですかと野宿にするほどの精神的余裕はなかった。


「今日1日外で寝て、明日の朝一で宿をおさえるってことはできそうですか?」
「いやあ……どうでしょう?今も定員オーバーらしいですし、何泊かする人も結構いますしね」
「そんなあ……」


やはり野宿確定かと眉を下げた時、それまで静かだったクラウドがふと口を開く。


   ナナキはいるか?」
「は?   あ……ナナキ、ですか?」
「クラウドが来たと、伝えてくれないか?」
「はあ……」


いきなり出てきた名前に、男の人も目を瞬かせるばかりだ。
それでも一旦少しだけ奥に引っこんで、近くにいた住人らしき人に言伝をしてくれる。
階段に腰かけて待つことしばし、軽い足音が背後から聞こえた。


「クラウド!よく来たね」
「久しぶりだな、ナナキ」


低めの声の割には幼いしゃべり方だと思いながら振り向いて   ぎしりと固まる。


「……けもの?」
「こっちの人は誰?クラウドが誰かと一緒なんて珍しいね」
だ。依頼人」
「へえ、更に珍しい」


私の呟きは無視ですか、そうですか。


笑うように目を細めた獣   ナナキ?は、匂いをかぐように鼻を動かしながら私に近寄った。
水浴びはこまめにしていたけれど、何だか微妙な心境だ。


「野宿はの身体が持たない。泊めてもらえないか」
「いいよ。じっちゃんの家においでよ」
「ブーゲンハーゲンの……」
「大丈夫、じっちゃんも怒らないって」


身軽に身を翻したナナキについて中に入ると、今度は止められることはなかった。
けれどそれよりも、私には気になることがある。


「しゃべる、けもの?」


もしや、人と共生するタイプの新しいモンスターだろうか。
うずうずとうずく手をこらえながらクラウドを見上げると、はっとしたように腕をつかまれる。


「違う、。ナナキはモンスターじゃない」
「……違うの?」
「違う。俺の仲間だ。リーブと一緒」


子供に言い聞かせるような口調が少し気になったけれど、とりあえずこの獣がモンスターではないということはわかった。
モンスターでないなら、珍しい種族なのかもしれない。
どこがどうモンスターと違うのかはよくわからないけれど、クラウドが言うならばそうなのだろう。


「わかった」


おとなしくうなずくと、微かにほっとした顔をされる。
その向こうで獣   ナナキ   がびくついたようにこちらをうかがっていたから、ひらひらと手を振ってみせた。
それに安心したように力を抜いて、ナナキはもう一度私に近づく。


「あのてっぺんまで上るけど……は大丈夫?」
「…………頑張る」


てっぺんが見えない岩山を示されて、うなずいた声が固くなったのは仕方がないだろう。
体力にはそこそこ自信があるけれど、今の状況でたどりつけるかは正直自信がなかった。












クラウドの手を借りながらようよう着いた頂上には、大きな展望台のある家が建っていた。


「大きい……」
「ここの長老だった人の家だ」
「おいらの育ての親だよ」
「そう……今はもう?」


人の気配のない家を見上げてクラウドに確認すると、無言で小さくうなずかれる。
今はナナキだけが家を守っているらしい。


「いつもはイーダウータにご飯を作りに来てもらってるけど……今日もそうしようか?」
「頼む」


ぐったりしている私を見ながら言ったナナキに、クラウドが私の荷物を持ち上げながらうなずいた。
明らかに足手まといのようになっている状況に、申し訳なさでいっぱいになる。
一足先にと案内されたバスルームでゆっくりとお風呂につかっていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。


?もうすぐ食事ができるぞ」
   ああ、うん、ありがとう」


慌てて出た私と入れ違いに入ったクラウドは、ものの5分ほどで出てくる。
私がのんびりしすぎたせいで、ゆっくりすることができなかったんだろう。
ごめん、と謝ろうとすると、その前に苦笑して手を振られた。


「俺、元々そんなに長風呂じゃないんだ」
「でも、」
「疲れてたんだろ。ずっとバイクを飛ばしてたし、俺も悪い」


気にするなともう一度言われてしまったら、それ以上何も言えなくなってしまう。
渋々口をつぐんで、それでもありがとうとだけ伝えた。


イーダウータと名乗った女性の料理は素朴でとてもおいしくて、普段ナナキがどれほど大切にされているのかが透けて見える。
床に置かれたお皿からお行儀よく食べる様を見守る彼女の目も、とても温かい。
クラウドがナナキをモンスターではないと言った理由が、何となくわかった。


「ナナキは幸せだね、クラウド」
「……ああ、そうだな」


こっそりささやいた言葉にうなずくクラウドの表情も、やっぱりどことなく柔らかかった。