「乾杯、と」
「その口調、いい加減直した方がいいわよ」


キャラ作りの一環ですっかり変な口調になってしまった悪友に、もう何度目か忘れてしまったけれど、鳴らしたグラスを揺らしながら苦笑する。


いつからだろう、こいつと関わるようになったのは。
恐れ多くもエリート・タークスと知り合いになれるなんて、私も随分と偉くなったものだ。


と、そこまで考えて、そもそもの出会いを思い出した。


「まさか、ナンパでここまで仲良くなるとは……ねえ?」
「……それは言わない約束だろ……」


思わせぶりに目配せをすると、レノががくりとうなだれる。

私をナンパしたことは、この男の一生の不覚らしい。
面と向かって言われたときには、思わずファイアをお見舞いしてやったものだ。


、外見からは想像つかねえほどはねっかえりなんだもんな」
「陰険上司の下でもまれてれば、嫌でもそうなるわよ」


やけ酒も飲みたくなるというもの。
勢いよくウィスキーをあおると、喉が焼けるように熱くなる。

この熱さが、嫌なことを忘れさせてくれる、長年の友人だった。


「あーだこーだ、しょっちゅう指示の内容を変えては、能率が悪いとか因縁つけて!あんたの指示が原因でしょうっての」


乱暴にグラスを置けば、レノが苦笑した。


「荒れてんな、
「荒れたくもなるよ」


仕事だけじゃなくて、最近はやりきれないことが多過ぎる。
マスターに強めのカクテルを注文するレノを横目で見ながら、小さくため息をこぼした。


どうも、自分で思うよりも酔っているようだ。
深酒はするものじゃないと前髪を手で乱すと、レノが受け取ったカクテルを無言でこちらによこす。


「もうウィスキーはやめとけな。飲みすぎだぞ、と」
「ありがと。これでやめとく」


辛口とは程遠い、フルーティーな甘さのカクテル。
アルコールの強さを感じさせないこのカクテルを、私はとみに気に入っていた。


「好きな男よりも悪友の方が、好みに詳しいってのもねえ……」
「それだけよく飲んでるってことだろ?」
「ま、そりゃそうか」


思えば、ザックスと飲んだことなんて、数えるほどしかない。
そういえば私も、ザックスの好みよりもレノのそれの方をよく知っている気がした。


最後の一杯を大事に飲みながら、しばらく無言の時間が流れる。
ガラスが空になりそうになった頃、同じようにグラスを空にしかけたレノがぽつりと呟いた。


「……そのうち、もっといい男がみつかるだろ」
「そうじゃなかったら、あまりにも救いようがないね」
「あ、でも、俺だけは勘弁な、と」
「こっちから願い下げだっての」


けらけら笑って最後の一口を飲み干し、支払いをレノに任せて店を出る。
夜の暑さに眉を顰めていると、すぐに赤毛がドアをくぐってきた。


「サンキュ。いくら?」
「今日のとこはおごっといてやるよ、と。そのかわり、今度はが奢ってくれな」


いつも通りに精算をしようと財布を出すと、笑いながら手を振られた。
何気ない気遣いにこっそりと感謝をしながら、ふらつく足を叱咤して夜道を歩く。


「飲みすぎたな、
「ほんとにね。   ここでいいよ、ありがと」


律義に送ってくれたレノにひらりと手を振って、振り向かずに進む。


いっそのこと、酔いにまかせてベッドインできるような間柄ならよかったのに。
それならば、少しはこのやりきれなさもなくなっただろうか。


ふと考えて、すぐにありえないと苦笑した。
どう考えても私はそんなに軽い女じゃなかったし、レノともそういう関係にはなるはずもない。




「……ザックス……」




呟いて、小さくため息をついた。


明日はきっと、何事もなかったかのように、彼の前で笑えるだろう。
そんな自分がありありと想像できて、自身の臆病さと矮小さに口元が歪んだ。










よるの静寂しじまに、 かすれて消えた

(呟いた君の名前)