「 ニブルヘイム?」
「おう!寒いらしいぜ、北の方の町だってな」
「街じゃなくて、町ねえ……」
そんなところで、どんな任務があるんだろうか。
これまではウータイ戦争で忙しかったソルジャーも、今ではすっかり用無しの軍隊。
社長もきっと、兵力維持の理由づけに必死なんだろう。
「まあ、気をつけてね?多分軽い任務なんだろうけど、必ずしも安全とは言えないから」
「サンキュ!お土産期待してろよ」
「いらないわよ、彼女に買ってきたら?」
軽口を叩きながら、手元の書類を抱え直す。
経理から回されてきたこの書類、明日までに処理を終わらせて上司の許可印をもらわないといけない。
できるかどうか今でもぎりぎりのラインだから、これ以上ザックスの世間話に付き合うわけにはいかなかった。
「それじゃあ、私はもう行くよ。また後でね」
「あ、!」
ちょうど来たエレベーターに乗り込もうとしたら、慌てた様子のザックスがドアを押さえて閉まらないようにした。
がたんと派手な音がして、思わず大きく反応してしまう。
「ザックス?」
どうしたのかと見上げると、ザックスは酷くもどかしそうな表情をしていた。
「あー……あの、さ。そのー……」
あーとかうーとか呻くザックスにため息をひとつ。
ぐいと腕を引っ張ってエレベーターに引きずり込み、61階を押す。
リフレッシングスペースまでずるずると引きずって木陰に潜りこむと、正面きってザックスを見据えた。
「で?何なの、一体」
おう、逃がさへんでワレ、とばかりに睨みつけたら、ようやくザックスも腹をくくったようだ。
がしがしと頭をかいて、自分の両頬を叩いて、気合いを入れたように私を見る。
「あのさ、」
「うん?」
「お前、レノと付き合ってんの?」
「…………は?」
何を言っているんだ、この馬鹿男。
どこから流れた噂を真にうけたんだ、こいつ。
「……それさ、どこで聞いた?」
思いっきり呆れた私の目で、完全なデマだと気づいたんだろう。
間の抜けた表情になったザックスが、拍子抜けしたような声を出した。
「へ?や、食堂で女子社員が騒いでてさ。お前らがホテルから出てきたとか何とか」
「あー……」
あの時か。
確かに思い当たる節があって苦い顔をすると、途端にザックスが焦った表情になる。
「え、マジなのか!?」
「違う違う。確かにホテルには行ったけど、そういうんじゃないから。お目当てはそこの最上階のバー」
いい所があるとだまされてついて行ったら、確かに最高のロケーションと味だった代わりに、値段も最高だった。
かなり寂しくなった懐に殺意が芽生えたのは、そう前の話でもない。
ひらひらと手を振って答えると、心底安心したようにしゃがみこまれてしまった。
「何だよ……俺に黙って付き合い始めたのかと思ったぜ」
「まさか。レノとは死んでもそういう関係にはならないでしょ」
今更お互いを異性として見ろと言われても……ねえ?
ここにはいない悪友に、心の中で呼びかける。
まったくだと憤慨するレノがありありと想像できて、思わず笑みがこぼれた。
その一瞬の隙を突いて、またザックスが地雷を投下する。
「でもさ、俺、とレノはお似合いだと思うけどなあ」
あんたにそんなことを言われる筋合い、これっぽっちもありゃしない。
一瞬だけ固まってしまった笑顔をすぐに苦笑に変えて、慎重に言葉を紡ぐ。
声が震えないように、瞳がうるまないように。
「……よく、言われるよ。それ」
「だろ?」
付き合っちゃえばいいのにと駄目押しをされて、早々に感情の限界がきた。
不自然にならないように立ち上がり、素早く背を向ける。
「 私がどういう恋愛をしようと、他人には関係ないでしょう?単なる興味で首を突っ込まないで」
「あ !!」
ザックスの制止を無視してエレベーターに乗り込み、クローズボタンを連打する。
完全に一人になったその空間で、壁に背中を預けてずるずると座り込んだ。
「……ばかやろう……」
それが最後の会話になるとも知らずに。
なきごえに耳をふさいだ
(胸の奥から聞こえるこの慟哭)
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