それから数日間、私は布団に寝かされっ放しだった。
どうやら自分で思っていたよりも衰弱していたらしく、最初の2日なんて、日向に補助をしてもらわなければ起き上がる事も一苦労だったのだ。
その間も、日向はまめまめしく世話をしてくれた。
とても苦い薬。
食べやすく柔らかく煮た、お粥。
包帯の取り換え。
夜には髪も梳かしてくれて、少しでも清潔さを保てるようにとしてくれた。
起き上がることすらままならない私は、つまり自力でお風呂に入ることもできないわけで……日向に抱えていれてもらうわけにもいかず。
(日向は普通にやろうとしたけど、私が断固拒否した)
動いてもいいと(身振りで)許可をもらった私が真っ先にしたのは、お風呂に入ることだ。
なんと驚くことなかれ、お風呂に入りたいと日向に言ったら、天然の温泉に連れていってもらった。
……この山、もしかしなくても結構奥深いところにあるんだろうか。
鹿とか猿とかが入りにくる温泉ですっかり汚れを落とすと、日向が無言で手拭いを渡してくれた。
もちろん、顔は慎ましくそっぽをむいたままだ。
手拭いってなんだかなあ、タオルとかないのかなあ。
そんなことを思っても贅沢は言えないので、ありがたく使わせてもらったけれど。
今の私の服も、日向がどこかから持ってきてくれた和服だ。
着方がわからなくて四苦八苦していたら、何だかちょっぴり呆れたような雰囲気の日向が丁寧に教えてくれた。
着方がなんとか様になるようになるまで、1週間。
毎回日向の手を借りる度に、「早く覚えてくれ」と言われているようで申し訳なかった。
日向は、一切喋らない。
こちらからいくら話しかけても、答えてくれることはない。
けれど、兜で隠れてほとんど見えない表情も、口元だけで何となくわかるようになってきた。
困った時は、少しだけすぼめるように。
嬉しい時は、少しだけ口の両端をつり上げて。
怒っている時には、本当に無表情。
毎日のそんな小さな発見が嬉しくて、私は日向について回った。
この家は、本当に不思議。
随分昔の家のように、土間があって竈が置いてある。
部屋は全部畳み敷きの和室だし、それだって二部屋しかない。
どうやら、もう一部屋は納戸のような場所らしい。
それに、日向も不思議な人。
いつもこの部屋に敷かれる布団は、私のもの一つだけ。
男女同衾なんてとんでもない!という考えの持ち主でもなさそうなのに(お風呂の件でしみじみ思った)、日向のお布団は?と訊いてみても、ただかぶりを振られるだけ。
隣の部屋で寝ているのかしら?
日向はいつも、私が寝るまで起きていて、私が起きる頃にはもうすでに活動を開始している。
ずいぶんと早寝早起きのようだ。
囲炉裏の火で暖まりながらぼんやりとそんなことを思っていると、日向がおもむろに炉端に魚を串刺しにした棒を突き刺した。
私と、日向と、2人分。
魚はどうやら捕れたてのようで、目がきらきらと輝いている。
「日向……ひょっとして、これを捕りに行ってたの?」
こくり。
「そっか。今は脂が乗っておいしい時期だもんね」
こくり。
「ありがとう、日向」
ふるふる。
「もうちょっとよくなったら、私もお手伝いするね」
ふるふる。
「どうして?簡単な料理ならできるよ?」
…………こくり。
日向は何故か随分迷ったあげくに、しょうがないというようにうなずいた。
そんなに料理が好きなんだろうか。
それとも、他人に勝手に台所を荒らされたくないんだろうか。
主婦の中には結構そういう人もいるという話だし、実質ここは日向の家だ。
日向が嫌なら、私は遠慮すべきだろう。
でも、何か手伝いたい。
「あのね、日向。私に手伝えることがあったら、教えてね?」
日向の服の裾を引っ張りながらそう伝えると、困ったような表情で脚を指差された。
まだ包帯に包まれたそこには、縫われたような傷跡がある。
私はすこんと意識を失っていたからよくわからないんだけれど、日向はここがまだ痛むんじゃないかと心配しているようだ。
確かに時々、引きつるように痛みはするけれど、もう充分動けるほどには治っている。
「ここ、平気だよ?」
ふるふる。
「少しは動かないと、筋肉が弱っちゃうよ?」
……ふるふる。
「……日向は私のこと、邪魔なんだね……」
「 !」
ぶんぶんぶんぶん!
必殺技・泣き落としをしてみたら、日向はひどく慌てた様子で何度もかぶりを振った。
それでもうつむいたまま、落ち込んだように着物の裾をいじってみる。
「そうだよね……着物の着方もわからないし、お風呂だって今でも日向に連れていってもらわないと行けないし、迷惑ばっかりかけてるもんね……」
ぶんぶんぶんぶん!
日向が更に焦ったように、私の肩をつかんだ。
強い力に驚いて顔を上げると、日向が必死に何かを伝えようとしている。
やっぱり喋ってはくれないけれど、口元は今にも泣きそうだ。
「……私、ここにいてもいいの?」
こくり。
「お手伝い、してもいい?」
こくり。
「じゃあ、日向が色々教えてね?私、あのお台所、使い方よくわからないの」
こくり。
こうして何とか、日向のお手伝いができるようになったけれど……いつかあの兜、取ってくれないかなあ。
そうすれば、もう少し表情が読みやすくなるのに。
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