「うわあ、広いね!こんなに大きいところだとは思わなかったよ」
「気に入った?」


目を輝かせたジーンにそう聞くと、満面の笑みで力一杯うなずかれた。
そんなに喜んでもらえれば、案内したこっちも嬉しくなる。


「研究書はやっぱり少ないんだね」
「しょせん地方の図書館だしね。でもその分、いろんな種類のを揃えてるみたい」


ちょっと残念そうに呟いたジーンの肩を叩くと、それもそうだねと微笑まれた。

そのまま並んで3階に上って、社会科学のフロアに。
どうやらジーンは本当に日本に興味があるらしく、あちこち飛び回っていた。


「ねえ、!この本読んでくれる?」
「え!?」


……あれ?
ジーン、日本語読めなかったっけ?


改めて考えてみると、そういえば雑誌程度しか見ていなかったかもしれないと思い出した。
うちにはそんなに難しい本もないし(むしろ漫画ばっかりだ)、うっかりしていた。


「ごめんね、気づかなくて」
「ううん。その分といられるから、僕は全然大丈夫だよ」
「……そういうセリフ、外ではあんまり言わないようにね」


恥ずかしすぎる。
思わず誰かに訊かれてないか、周りを確かめてしまった。


つまらなさそうにうなずいたジーンの手を引いて、学習スペースに入る。
幸い他に人はいないし、ゆっくりできそうだ。


「ええと……日本語、どれくらいできる?」
「簡単な文なら読めるけど、こういう専門書はさっぱり。雑誌は写真とか絵で判断してるかな」


案外絵だけで通じるものだね。
そう笑うジーンが絵本を真剣に読んでいる様子を思わず想像してしまって、反射的に吹き出しそうになった。


絵本を一生懸命読むジーン、ものすごく可愛い……!


「こ、今度、一緒に勉強する?」


微妙に震える声で提案したら、ジーンの顔がぱっと輝いた。


「Sure!」


まどかは日本語の読み方は教えてくれなかったんだ。


本をいじりながら楽しそうにそう言って、多分意味が分かっていないんだろう文をなぞる。
動きがぎこちないのは、きっと横文字にばっかり触れていたからだろう。
見た目は思いっきり日本人なのに、本当に海外育ちなんだなあ……。


「ねえ、読んで?」
「あ、うん」


ぼんやりとしていた頭をひと振りして、慌てて意識をジーンが持っている本に戻す。


読むことはできるけれど、私には中身がさっぱりな状態だ。
つっかえつっかえの下手な音読でも、ジーンは楽しそうに、真剣に、ずっと聞いてくれていた。


途中で喉がからからになってしまったから、半分くらい読んだところで休憩スペースに移動する。
そろそろ小さい子達が集まり始めていて、あそこも静かには読めなくなるだろう。
自販機で買ったペットボトルのお茶を2人で分けあいながら、ジーンにそのことを伝えた。


「どうしよっか、借りて家で読む?そうすれば、空いてる時間にいつでも読めるけど……」


多分ないとは思うけれど、この本が借りられてしまうかもしれない。
そうすれば、返却されるまで続きも読めなくなるわけで。


そうならない方がいいかとジーンを見ると、少し考えた後にかぶりを振られた。


「いいよ。といる時間がずっとこれって、ちょっと寂しいじゃない」
「……そっか。そうだよね」


確かに、本を読むだけしかないって、ちょっと嫌だ。
そんなに人気のある本でもないだろうし、わざわざ借りなくてもきっと大丈夫。


にっこり笑いあって、ジーンにエスコートされながら立ち上がる。


「さ、今日はもう帰ろう?だって宿題があるし、僕の勉強道具も買って帰らなきゃ!」
「宿題は割とすぐに終わるけど……そうだね、どんなものがいいか見てみなきゃ」


ジーンがどれくらいできるのかがわからないから、本人に見てもらわないと決められない。
元の位置に本を返しに行こうとするジーンの手を引っ張って、エレベーター脇の返却台にぽんと置くと、そっかと呟いた。


「こういうシステム、そういえばあったね」
「忘れてたの?」
「うん」


照れくさそうに微笑むジーンと笑いあって、本屋さんに向かう。
この近くにはあまり明るくないから、2人でゆっくりと探すように歩いて。


「大きめの方が、品揃えも豊富だよね」
「そうだね。どこにあったかなあ」


大通り沿いに駅の方に歩いていくと、不意にジーンが反対側の通りを指差した。


、あそこ」
「あ!」


このあたりでは結構有名な、チェーンの本屋さん。
ビルの2フロアに丸々入っていて、かなり期待できそうだった。


弾むように中に入ると、まだ蒸し暑い外の空気から一気に解放される。


「涼しい!」
「結構暑かったんだね」


ジーンも驚いたように辺りを見回して、ちらりと外に目をやった。


「どこにあるかな……」


まずはジーンの学習程度をチェック。


「ひらがなは平気だよね?」
「うん」
「カタカナは?」
「ちょっと危ないかも……」
「漢字……は、簡単なのしか駄目だよね」
「うん……」


そんな会話をしながら子供用の学習本の棚を行ったり来たりして、結局小3の漢字ドリルから始めることにした。
その他にも、小学生がターゲットの文庫本を買って。


「でもジーン、物覚え早そうだからなあ……」
「早くと一緒のものが読めるようになりたいし、頑張るよ!」


妙に張り切るジーンは見ていて笑顔になれるけれど、すぐに追い越されそうでちょっぴり複雑だ。
こちらが教わる側になるなんて、絶対にお断りしたい。


生粋の日本育ちとして、ちょっとどころかかなり恥ずかしいよ……!


「……ほどほどに、頑張ろうね」


返した笑顔は、どことなく引きつっていたかもしれない。
首を傾げながらも元気にうなずいたジーンは、非のうちどころがないほど美人だった。