「……っ!!」
ようやく。ようやく。
「中間終わったー!!」
解放感あふれる教室で、私も隣の子とはしゃぎあう。
ジーンを不機嫌にさせまくっても勉強し続けたこの2週間、苦労した甲斐があった。
わからないところはジーンに訊いたから、珍しく問題の内容は全部理解できた。
あとは答えが間違っていなければ、いつもよりもずっといい成績になるはず!
「、ファミレス寄ってかない?打ち上げしようよ!」
「ごめん、ちょっと用事があるんだ!」
ファミレスでみんなとぐだぐだするのも魅力的だけど、今日だけは外せない用事が入っている。
慌ただしく鞄に荷物を詰めこみながら返事をすると、さては男かと苦笑された。
「付き合い悪いぞ、!」
「半分当たり!半分外れ!」
確かにジーンを連れては行くけれど、半分以上私の趣味に付き合わせるようなものだ。
一人だけわかったようににやりと笑った花音に手を振り、教室から駆け出しながらとびきりの笑顔で振り向いた。
「カレイドスコープ!展示会が今日までなの!!」
「カレ……?」
「万華鏡よ、万華鏡」
「はあ?何だってそんなのを」
そんな会話が背後から聞こえたけれど、そんなものは無視!
たかが万華鏡と侮るなかれ。
子供の頃によく見たちゃちい玩具とは違って、本物の万華鏡はそりゃあもう綺麗なのだ。
中に入っているのは本当にビーズなのかと、疑いたくなるものばかり。
おまけに、値段も馬鹿にならない。
相場は1万円以上。3万とか5万とかもざらだ。
そんなもの、お小遣いじゃ絶対に買えないから、こういう展示会が唯一堪能するチャンス。
「ただいま!ジーン、行こ!」
「うん!」
上がりかまちに座って待ってくれていたジーンが、勢いよくうなずいて立ち上がった。
ポケットにお財布までいれて、もう準備万端だったようだ。
「どこまで行くの?」
「電車で5つ。デパートの催事会場でやってるんだって」
「楽しみだなあ!」
意外にもノリノリなジーンに瞬くと、照れたように微笑が返ってくる。
「カレイドスコープ、イギリスにいた頃から興味あったんだ。ネットで偶然見つけてさ、どうやったらあんなにきらきらしたのができるんだろうって、ずっと不思議だった」
鏡に反射されてできる像は、回す度に形を変えてくれる。
絶対に二度と同じものにはならないそれが、とても綺麗だと思ったと。
ジーンのその言葉は、私が考えたことと同じだった。
それが無性に嬉しくて、満面の笑顔を浮かべる。
「ジーンがわかってくれて、何だか嬉しいや。友達はみんな、玩具の万華鏡しか知らないみたいなの」
「全然違うのにね」
「ね。もったいない」
くすくすと笑いあっているうちに、デパートに到着していた。
比較的空いているその中を、ジーンに手を引かれて進む。
……え、あの、この手は一体。
「はぐれたら困るでしょ?」
「さすがにはぐれないでしょ」
「僕が心配なの」
実に楽しそうにそう言ったあたり、ジーンの本音は別にあるんだろう。
……いいけどね、別に。
即売会場はしんと静かで、万華鏡のマイナーっぷりをそのまま現しているようだった。
買いに来たわけじゃないから気後れしてしまったけれど、店員さんが「ご覧になるだけでも結構ですよ」と言ってくれたので、おそるおそる近くにあったものを手に取ってみる。
「そちらはフランスの製作家の作品ですね。側面のヒビ硝子が特徴です」
「不思議な色……」
「僕にも見せて」
覗きこんだ世界は、黄色と緑が混じりあったような、何とも言えない空間だった。
グラデーションが絶妙で、どうやったらこんな世界が作れるのかが不思議でたまらない。
待ちきれないように肩を叩かれてジーンに手渡すと、イギリス人っぽく感嘆の声をあげていた。
日本人でもイギリス育ちだと、やっぱりイギリスっぽくなるのがよくわかる。
「そっちのは?」
「こちらはイギリスのものですね。繊細な青が、この作家の持ち味です」
言われて覗くと、本当に青だけの作品だった。
一面の青なのに、微妙に違う色彩が飽きさせない。
「ね、ね、ジーン、すごい!」
「ほんとだね!どうやったらこんなのが作れるんだろう……」
散々はしゃいで慎重に戻すと、店員さんが微笑ましそうに笑っていた。
買う気がない客だとはもうわかりきっているだろうから、気まずい笑いを返す。
そんな思いを見透かされたように、お母さんと同じくらいの店員さんが違う万華鏡を差し出してくれた。
「本当に、ご覧になるだけでも結構なんですよ。まだまだ知名度が低いものですし……こうやっていてくださるだけで、他のお客様も興味を持っていただけますし」
それに、ただここにいるの、暇なんですよ。
こっそりと言われた一言に、ジーンと2人で思わず吹き出す。
「そういうことなら、是非協力しなきゃ、ね?」
「そうだね、ジーン」
思う存分堪能して、やっぱり万華鏡はいいなあと満足して。
気がつけば、がらがらだったスペースにも、そこそこお客さんが集まっていた。
「たまにやっていますので、またいらしてくださいね」
「はい!」
最後までつきあってくれた店員さんに頭を下げて、軽い足取りでデパートを出る。
「やっぱり生で見ると、迫力が全然違うね」
「でしょう!?私も実は始め、ちょっと馬鹿にしてたんだけどね……もう最高だよ」
うっとりとため息をつくと、横でジーンがくすりと笑った。
「それじゃ、そんなにプレゼント」
はい、と小さな箱を手渡されて、思わず首を傾げる。
話の流れがよくわからないけれど……何だろうか。
万華鏡にしては、やけに小さい。
開けてみてと目でうながされて、邪魔にならないように道の端に寄る。
リボンと包装紙をジーンに持ってもらって箱を開けた瞬間、小さく息をのんでしまった。
「万華鏡……!」
ペンダントタイプの、小指ほどの大きさのそれ。
白地に描かれた鹿が、ものすごく可愛い。
「ジーン、いつの間に……」
「が大きな万華鏡に夢中になってる時。ちょっと前に目星をつけておいたから、あの店員さんにこっそり頼んだんだ」
気に入った?と小首を傾げるジーンに、力一杯何度もうなずいた。
こっちに来てからバイトもしてないし、そんなにお金は持っていないはずなのに。
それなのに、こんなに高いものをくれたジーンが、とても嬉しかった。
「ありがとう、大事にするね!」
学校にもつけていこう。
シャツの下につけてしまえば、誰にも気づかれないはずだ。
体育の着替えで花音に見つかって、それからクラスでちょっとした万華鏡ブームが起きるのは……また別の話。