最近のマイブームは、ジーンから弟君の彼女について聞くことだ。
麻衣さんというらしい彼女は、どうやら私よりも1つ年下のようだ。


「弟君、彼女にどんな態度で接してるんだろうね」
「どうだろうね?彼女はずいぶん甘えてるみたいだよ」


うふふ、と含み笑いをしたジーンが、それはそれは嬉しそうに目を細める。


「麻衣、力もどんどんコントロールできてるみたいだよ。ナルも教えてるのかな」


自分で復習をしているとしても、どうにも成長が早い気がするのだと、ジーンが首を傾げる。


弟君が積極的に他人に関わるのは珍しい。
そんな気持ちが出てしまったんだろうか、ジーンの手が背中を叩いた。


、正解」
「……ばれた?」
「顔に出てた」


くすくすと笑うジーンに指摘されて、思わず苦笑してしまう。
そんなにわかりやすい表情をしていたのか、私は。


「でも、私も会ってみたいなあ」


弟君をそこまで変えることができる人。
一体、どんな子なんだろうか。

あれこれと想像を巡らせてみるけれど、結局ぼんやりとした人物像しか浮かんでこない。
残念な気持ちでぽつりと呟くと、それを聞いたジーンが瞬きをした。


   じゃあ、会いに行こうか」
「え?」
「受験が終わったら、イギリスに行こう。冬だから寒いけど、雪のロンドンもきっと好きになるよ」


受験が終わる2月3月は、週に1回の登校日だけ。
志望校の関係で、AO試験や学校推薦を受けられないのが残念だけれど、それでも充分に旅行に行く時間はあるだろう。


……お金さえあれば。


「……ジーン、私、お金ないよ」
「大丈夫!僕がの分も出すから」
「そんな、駄目だよ!」


日本からイギリスまでは遠い。
遠いだけじゃなくて、飛行機代ももちろん高い。
ただ飛行機に乗るだけでも、5万は下らないんじゃないだろうか。


「大丈夫だよ。僕、貯金はいっぱいあるんだから」
「そういう問題じゃなくて……」


そこまでジーンのお世話になるわけにはいかない。
けれどそれをどう伝えたらいいのかわからなくて、困ってしまった。
悩んでいる私の手を、小さく笑ったジーンが優しく握る。


「何年かかってもいいよ。が気にするなら、ゆっくり返して?」
   うん」


それは今までと同じように、これからも一緒にいることが前提の約束。
一緒にいようと、言外にそう言ってくれた。


先のことなんてわからないけれど、けれど。


「約束、ね」


今、ジーンと一緒にいたいと思うこの気持ちは、嘘ではないから。
今回だけは甘えておこうと抱きついた。


「ロンドン、かあ」


ご飯はあんまりおいしくないらしいけれど、どれくらいのクオリティなんだろうか。
どれくらい寒いんだろうか、緯度は日本よりも北だった気がする。

あまり寒いのは嫌だと思いながら、トランクも買わなければとため息を一つ。


「楽しみだなあ!ルエラにもマーティンにも紹介しなきゃ。もきっと、好きになると思うよ」


弾むような声でそう言って、ジーンはあそこにも行こうここにも行こうと色々考えているようだ。
友達に会わせてくれるのは嬉しいけれど、私があまり英語を話せないの、ちゃんと頭に残っているんだろうか。


……まあ、いざとなったら、ジーンに通訳を頼めばいいか。


人間死ぬ気になれば何とかなるというし、案外中学レベルの単語だけでもどうにかなる   わけないか、やっぱり。


「ジーン……通訳、お願いね」
「もちろん!ある程度は日本語ができる人が多いから、そんなに心配しないで」


室長がまどかだから、日本語を使う機会も多いんだ。
アジア系のチームだし、そんなに構えることもないよ。


安心させるように微笑んでくれたジーンが、仲間のことをいろいろと教えてくれた。


「リンはね、ものすごく髪が長いんだ。日本人が嫌いらしくて、僕がこっちにくるって言ったら、ものすごく嫌そうな顔してたよ」
「ふうん……何か、ちょっと寂しいね」
「うん。一応僕も、日本の血が流れてるしね」


その国の人間だというだけで、無条件に向けられる敵意。
まだ体験したことのないそれは、とても恐ろしく感じた。

リンという響きは、多分中国のあたりの人だろう。
漢字にしたら、きっと林さん。


「……中国人、日本人が嫌いだもんね」


反日教育をしているという話もある。
それが本当かどうかはわからないけれど、世論が日本を敵視していることは間違いない。


「まあ、まどかに会ってから、リンもかなりよくなったんだけどね」


まどかったら、「日本人ってくくりで十把ひとからげの対応をするなんて、許せない!!」だって!
あんまりうるさいから、リンもまどかには普通に話すんだよ。


まどかさんの物真似までして楽しそうに笑ったジーンの、その眼がとても優しい。
リンさんが少しだけ譲歩してくれた、それが嬉しくてたまらないようだった。


「リン、仕事に対してすごく真面目だし、能力も高いし、本当に頼りになるんだよ!」
「しっかりしてる人なんだね」


長髪というのが少しだけマイナスポイントだけど(オタクのようなイメージがついてしまった)、それ以外はいたって真面目なインテリという印象だ。
感心しながらうなずくと、ジーンの笑顔が堪え切れないようなそれになった。


「そう思うだろ?だけど、実は小さい子に滅法弱いんだ。被験者できてた女の子が泣き出したら、もうどうしたらいいのかわからなくなって固まってたよ」




泣き叫ぶ女の子の前で、ひたすらフリーズするインテリ長髪青年。
……うん、シュールだ。




その女の子はどうなったんだろうと思ったら、どうやらまどかさんがあやして泣きやませたらしい。


だったら初めから、まどかさんが対応しようよ。
女の子が可哀相だよ。