夏休みも後半に入って、気の早いクラスメートの中には受験の準備を始める人も出始めている。
それよりも早く勉強を始めた私に言えた義理ではないけれど、みんなよく頑張るものだ。
それに加えて文化祭もあるから、学校の中は結構ざわついた雰囲気になっていた。
「ー、ちょっとそのパネル、こっちに持ってきて!」
「これ?こっち?」
「緑の方!黄緑は窓の方に使うから、ちょっとおいといて」
「はーい」
10月頭の学祭にむけて、準備も大詰めだ。
夏休みを過ぎたら、あとは10月なんてあっという間。
予定よりも遅れている進捗状況に、委員長がぴりぴりし始めていた。
校門が閉まる6時ぎりぎりまで作業をして、筋肉痛の腕をさすりさすり学校を出る。
いつもと違う道を通ってみようと思い立ったのは、単なる気まぐれだった。
あのダムの近くを通るけれど、今の時期は緑が多くて涼しいだろう。
そう思いながらダムを通りすぎようと、見慣れた姿があった。
「ジーン!」
白い肌のすらりとした姿が、ダムに向かって佇んでいる。
思わぬ偶然に驚いて声をかけると、ジーンも弾かれたようにこちらを向いた。
「ジーン、どうしたの?ここまでくるなんて珍し 」
近寄りかけて、足を止める。
違う。
ジーンじゃ、ない。
確かによく似ているけれど、よく見るとジーンとは少し違った。
「……あなた、誰?」
無意識に半歩後ずさりながら、ジーンによく似たその人をうかがう。
慎重に問いかけた瞬間、人形のように整った美貌が、みるみるうちに険しくなった。
睨みつけるように見つめられて、泣きたくなる。
ジーンによく似た顔に、どうして睨まれなければならないのだろうか。
けれど次の瞬間、そんなことも忘れて固まってしまった。
「ジーンを知っているのか」
その、声。
先月(語弊ではなく)死にかけた時に、闇の中で聞こえたあの声と、全く同じだ。
ジーンのものだと思っていた、けれど今聞いてわかった。
あれは、この人の声だ。
驚きすぎて、息がうまく吸えない。
「あなた……先月」
言いかけると、さらに眼差しがきつくなった。
たじろぎいでそれ以上何も言えず、途方に暮れて唯一事態を解決してくれそうな人の名前を呟く。
「ジーン……」
私にどうしろと?
ここにジーンがいたなら、多分また違った展開になっていたんだろう。
そんな現実逃避をしている間に、ジーンによく似たその人がつかつかと近寄ってきた。
「答えろ、ジーンをどこで見た」
「どこで……って……」
今日も朝に見てきたばかりだ。
鬼気迫るその表情に逃げようとしたけれど、それよりも先に両肩をつかまれてしまう。
「答えろ!!」
「離して……っ」
怖い。
その雰囲気に、涙がにじんでくる。
強い力でつかむ手を振りほどこうと身をよじっていると、突然大きな声が割りこんできた。
「何やってんのさ!!」
憤慨したような声の主は、迷うことなく駆けてきて私と青年を引きはがしてくれる。
「ほら、こんなに怖がってるじゃん! ごめんなさい、大丈夫ですか?」
小柄な少女は青年に怒鳴った後、打って変わって心配そうに私の顔を覗きこんだ。
大きな目でじっと見つめられて、少しだけ身体の力が抜ける。
小さくうなずくと、少女は私をかばうように肩を抱いてくれた。
「あっちにあたし達のベース……寝泊まりしてるところがあるんで、よければ来てください。何か飲めば、ちょっと落ち着くと思うし……」
「ありがとうございます……」
「いえいえ!元はと言えば、うちのボスが悪いんですから」
にっこりと笑った少女は、優しく手を引いて小さな小屋に入る。
その瞬間にいくつもの目を向けられて、思わず反応してしまった。
「こら!怖がらせちゃ駄目でしょ!?」
「どうしたんだ?その嬢ちゃんは」
「ナルが怖がらせて泣いちゃったの。綾子、お茶淹れてもらってもいい?」
「はいはい」
見た目も年齢もばらばらな人達の集まり。
一体どんな人達なんだろう。
ぐるぐると考えている間に、いつの間にかパイプ椅子に座らされて紅茶を渡されていた。
「熱いから気をつけなさい」
「あ……ありがとうございます」
派手めなお姉さん(でもかなり美人)にそう言われ、お辞儀をして一口すする。
どうしても音がたつのは許してほしい、ちょっとだけ猫舌なのだ。
いただいた紅茶はとても美味しくて、飲んでいるうちにすっかり気持ちもほぐれてしまった。
紙コップをどこに捨てようかと迷っていたら、眼鏡をかけた優しそうな男の人がさっと受け取ってくれる。
「捨てておきますね。他にゴミはありますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
慌てて頭を下げると、にこりと笑顔が返ってくる。
優しいんだけど……何だろう、ちょっと本心が読めないような笑顔だ。
「んで、嬢ちゃんは地元の高校生……だよな?その格好は」
長髪の男の人にそう訊かれ、素直にこくりとうなずく。
男の人はしきりに首をひねりながら、どうにもわからんと唸った。
「それがどうして、泣かされるようなことになるんだ?」
「あ、あの。あの人、私の知ってる人によく似ていたんです。間違えて声をかけたら、何故か問いつめられて 」
冷静になって考えると、自分の情けなさに恥ずかしくなる。
問いつめられたくらいで泣くって、いくつの子供だ、私は。
あまりの迫力に怖くて半泣きになってしまったと告白して顔を上げると、何故か誰もが唖然とした表情をしている。
何か変なことでも言っただろうかと首を傾げていると、背後のドアが小さく音を立てて開いた。
「彼女はジーンを知っている」
「ジーンを!?」
少女が弾かれたように私を見る。
他の人達も、驚いたように私に目を向けた。
そんな中、長髪の人が呆然とした様子でぐしゃりと前髪をかきあげる。
「おいおい……どういうことだよ、ナル坊」
その言葉に、今度は私が反応した。
「ナル坊……?」
ナル、坊。
「あ、この人、ナルってあだ名で 」
「もしかして、弟君?」
少女の言葉を遮ってそう言うと、青年がぴくりと反応した。
「弟君なのね?ナル君」
今度こそ確信を持って、もう一度問いかける。
少女がおそるおそるといったようにこちらに近づいてきた。
「あの、どこでそれを 」
「ジーンはどこだ」
今度は青年が遮って、強い語調で私を見る。
……心配している人の、目だ。
何だか嬉しくなって、小さく笑顔がこぼれた。
穏やかな気持ちで青年に向き合い、静かにお願いする。
「 家に、来てくれますか?会ってほしいんです」
そう言うと、彼は一瞬だけ目を伏せて、静かにうなずいた。
誰もが静かに見守っていたのは何故だろう。
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