ジーンの帰国は半月後ということになった。
弟君達は東京へと帰っていって、いつも通りの日常が戻ってくる。
そういえば、ジーンは本当はユージーンという名前らしい。
ナル君はオリバーだとか。
ジーンはまだわかるけれど、弟君はどこをどうすればそんな愛称になるんだろう……。
「そうか……結人君、帰るのか……」
「寂しくなるわねえ……」
お父さんもお母さんもジーンを気に入っていたから、帰ると知った時の意気消沈ぶりはすごいものがあった。
1年以上も一緒に過ごして、もう本当の家族のような気分だったんだろう。
特にお父さんは、ジーンのことを本当の息子のように可愛がっていたし。
「またお邪魔してもいいですか?」
「もちろんよ!いつでも来てちょうだいな」
「ありがとうございます!」
顔を輝かせてぺこりと頭を下げたジーンに、お母さんも嬉しそうにうなずく。
夕食を食べながら実はイギリス人だと打ち明けた時にはさすがに驚いていたけれど、みかけによらないねえというコメントだけで終わってしまった。
さすがうちの両親、細かいことは気にしないようだ。
ジーンがお風呂に入っている最中、テレビを見ながらお母さんがぼそりと呟いた。
「、あんた結人君と付き合っちゃえばいのに」
ブーッ!!
思わず麦茶を思いっきり吹き出したじゃないか……!!
ああ、買ったばっかりの雑誌が……!
「なっ……なっ、何言ってるの!?」
「だって、あんなに格好よくて性格もいい子、お婿さんに来てくれたら完璧じゃない」
真っ赤になって怒鳴っても、お母さんは半分以上本気の目でため息をつくばかりだ。
というよりも、8割方本気な気がする。
お父さんはショックを受けたような表情をしているけれど、反論しないということは微妙に同意なんだろうか。
それとも、反論すらできないほどショックなんだろうか。
どちらでも嫌なことには変わりがないけれど、できれば今は後者であってほしい。
両親に揃って付き合うのを勧められるなんて、ものすごく嬉しくない。
「ほっといて!」
「残念ねえ……」
お母さんが大袈裟にため息をついた時、ジーンがタオルで頭を拭きながらリビングに入ってきた。
「お風呂いただきましたー……って、どうしたの?」
顔真っ赤だよと指摘されて、勢いよく顔を背ける。
「何でもない!」
「それならいいんだけど……風邪じゃないよね?」
すいと伸ばされた手が額を優しく覆って、お風呂上がりの温かい手がくすぐったかった。
大丈夫そうだねとにっこり笑ったジーンに麦茶を手渡して、逃げるように立ち上がる。
「次、入るね」
「いってらっしゃい、準備しておくよ。今日は英語でいい?」
「うん。よろしく」
ジーンに言うが早いか、お風呂場にダッシュ。
いくら何でも、お母さんもジーン本人には言わないだろう。
もう知るものかと、勢いよくトップスを脱ぎ捨てた。
「 そういえばね、」
パジャマ姿で勉強をしている最中、ジーンがふと思い出したように顔を上げる。
問題を解く手を止めて前を見ると、ジーンはくるくると赤ペンを回していた。
「何?」
心なしか嬉しそうに見えるのは何故だろう。
そう思いながら首を傾げたら、いきなり爆弾を落とされた。
「と付き合わないのー?だって」
「……っ!!」
手の中でシャーペンが嫌な音を立てた。
ミシッていった、ミシッて。
お 母 さ ん !!
「ジーンにも言ったの!?」
「すごく残念そうに言われたよ。言っちゃおうかと思ったけど、やめておいた」
「ありがとう。本当にありがとう」
心の底からお礼を言ったら、むっとしたように口をとがらされた。
「何で言っちゃいけないの?」
「今の状況で言ったら、お母さんはともかくお父さんが怒り狂うでしょ!」
「そう?」
「そうなの!」
全くわかっていない様子のジーンに消しゴムを投げつけて、書き損じたルーズリーフをぐしゃりと丸める。
どうして私だけ、こんなに恥ずかしい気持ちにならなければならないのだろう。
「そういえば、ビザは大丈夫なの?」
「あ、うん。元々調査目的で来てたから、就労用のビザなんだ」
「え?」
それは初耳だ。
てっきり観光だと思っていたから、調査と言われて驚いた。
「じゃあ、特に手続きとかは必要ないんだね」
「うん。普通に飛行機のチケットを取るだけ」
「……エコノミークラス?」
「うーん……12時間以上かかるし、ビジネスで行きたいなあ」
ふと気になって訊いてみたら、なんともブルジョワな答えが返ってくる。
ビジネスクラスなんて、普通はそうそう利用できないだろうに。
さらりと言ってしまうあたり、ジーンの所持金がうかがえる。
「……いいなあ、ビジネスクラス」
「今度はも一緒に乗ろうよ」
……あっさりさらりと言われて、意味を理解するまでに数回瞬いてしまった。
「……え?」
「受験。終わったら、イギリスに来てくれるんだろ?行きは多分1人で来てもらうことになるだろうけど、帰りは僕も一緒に乗るよ」
にっこり笑ったジーンが手を伸ばして、私のそれがそっと包まれる。
優しく数度叩かれて、包まれた時と同じようにそっと離れていった。
「待っててね。絶対にルエラを説得してみせるから!」
ルエラがジーンのお養母さんだというのは、弟君に会ったあの日に聞いている。
とても心配していたようだし、しばらくは旅行をするのも難しいだろう。
それがわかっているから、私も笑い返す。
「待ってる。頑張って大学に合格するね」
「うん。夢で会おうね」
その時に、時々は勉強もしよう。
悪戯っぽくノートをノックしながら言われて、あまりする気はないなと想像がついた。
ジーンはきっと、昼寝でもする気満々だろう。
苦笑しながらうなずいて、彼の考えていることが手にとるようにわかることがおかしくてたまらなかった。
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