ジーンが帰ってしまってから、早2ヶ月。
月日が経つのはあっという間だ。
まだまだ暑さは残るけれど、暦の上では秋になった。


イコール。


「受験嫌い受験嫌い受験嫌い受験嫌い受験嫌い……」
「呪文みたいに呟いても、受験は待ってくれないよ、花音」


ぐたりとつぶれる花音を筆頭に、学年全体が受験一色。
センターまであと100日ちょっと、さすがにみんな焦り始めているようだ。


「ずいぶん余裕じゃない、
「そうでもないよ……。最近は2時くらいまで勉強してないと、不安で仕方ないし」


面談で毎回「もっと下の大学にした方がいい」と勧められるほど、自分でも高望みの第一志望だとわかっている。
受験層も合格ラインも、きっと私よりもずっと上の人達だ。
某予備校の全国模試でも、C判定以上とれたことがないし……。


ため息をつきながら答えると、花音がぎょっとしたように目を見開いた。


「2時まで!?ちょっと、勉強しすぎでしょ!?」
「志望校が志望校だから、いくらやっても足りないくらいなんだよ」
「……ちょっと待って。あんた、どこ受けるの?」


訝しそうに眉を顰めた花音に曖昧に笑うと、さらにぐぐっと眉間の皺が深くなる。
黙っていたかったけれど、やっぱり駄目だろうか。

正直に言うまで話してくれないだろうと苦笑して、耳元でそっとささやいた。


「……東京の大学」
   はぁ!?」


案の定すっとんきょうな声をあげた花音は、一瞬周りの注目を浴びてしまう。
慌てて声をひそめた花音が、ずずいと顔を寄せてきた。


「ちょっ……、あんた東京行っちゃうの!?」
「うん……そのつもり」
「何で!?ここでもいいじゃない!」


必死な声に思わず花音を見ると、泣きそうな表情で口元を引き結んでいる。
花音には珍しい、だからこそ見たくなかった表情だ。

気持ちがぐらつきそうになるのがわかっていたから。


「やりたいことがあるの、花音。東京の大学で、それができるの」


単に東京に行ってみたいと思う気持ちもある。
けれどやっぱり、やりたいことをできるというのが一番大きくて。


   ジーンに言われたあの言葉、絶対に忘れない。


「東京に行きたいから大学を受けるんじゃないよ」


穏やかな気持ちでそう言うと、花音が悔しそうな顔になった。
ふいと顔をそむけた花音は、小さな声でわかったと呟く。


のやりたいことまで邪魔する権利なんて、誰にもないもんね。頑張りなよ」
「ありがと、花音」
「私は私で頑張るよ」
「うん。休みには帰ってくるから、ちゃんと遊んでね?」


花音の第一志望は女子大だったはず。
栄養学をやるんだと笑っていたから、きっと合格圏内なんだろう。


「合コンで忙しくて、きっとなんて構ってやれないわよ」
「ええええ」


   こんな馬鹿みたいな会話ができるのも、きっとあと少しだ。


12月に入れば、週に1回の登校日以外は自由登校になる。
そうなればきっと、みんな予備校や図書館に籠りきりになるんだろう。


それが少し寂しいけれど、きっと私も同じような状況だから、文句は言えない。


ー」
「んー?」
「お互い、頑張ろうねー」
「うん」


ぐぐっと親指を立てて突き出した花音に、笑ってうなずいた。
受験勉強、頑張らなければ!


密かに気合いを入れていると、花音がふと思いだしたように顔を上げる。


「ねえ、。確か英語得意だよね?最近」
「え?あ、うん。成績はずいぶん上がったよ」


戸惑いながらもうなずいた途端、花音の目がぎらりと光った   気がした。


「教えて。本気でやばい」
「別に、いいけど……あんまり難しいのはわからないよ?」
「あんたの頭なら充分わかるわよ。私の志望校、レベル高くないし」


そう言いながら花音が引っ張り出してきたのは、どこから手に入れたのか、去年の赤本。
……本当に、どこから手に入れたのやら。


「この赤本、どうしたのさ……」
「図書館で借りた。時間計ると、案外解けないんだよね」


なるほど、図書館か。
今度探してみようと思いながら本を開くと、ポストイットの上から花音の書きこみがたくさんしてあった。


「……頑張ってるんだね」
「当たり前でしょ!ほんとに必死なんだって!!」


がうと噛みつかれて肩をすぼめながら、一通り問題をざっと見る。
赤ボールペンで「前置詞の違い!!」と書いてあるけど、多分inととatの違いかなあ。


「花音、これって赤ペンのところが特にやばいの?」
「うん。解説見てもわからない……」
「オッケー。ちょっと待ってね」


問題文をよく読んで、解説も読んで。
多分こうではないかという目星がたったところから、順番に花音に教えていく。


3分の1ほどが終わったところで、昼休み終了のチャイムが鳴ってしまった。
残念そうな花音に赤本を返して、役に立ったかと首を傾げる。


「今の説明でわかった?」
「充分よ!やっぱり、一方的に書いてある解説より、直接教えてもらった方がわかるわね」


大喜びの花音を見て、教えてよかったとこちらも自然に笑顔になった。


「ジーンに教えてもらったからね。教え方、すごく上手なの」
「あーはいはい、惚気は結構ですー」
「惚気てないよ、家庭教師してもらってたんだよ」
「だから、それが惚気だっての!!」


……これって惚気、なの?