初めての海外旅行、だ。


どきどきしながら新幹線に乗って(1人で新幹線なんて受験以来だ)、さらにどきどきしながら成田空港まで行って、本当に間違っていないのか何度も確認しながら出国手続きを済ませる。


「お土産、和菓子がいいって言ってたけど……本当に大丈夫かな?」


お饅頭を選んだのは失敗だったかもしれない。
せめて干菓子とか……。


今更ながらに自分の選択に後悔しながら、飛行機の中で食べるお菓子を物色する。


クッキーと、飴と、しょっぱいのもほしいからお煎餅も少し。
……チョコはやっぱり溶けるだろうか。

大体、飛行機の中はどれくらいの暖かさなんだろう。


「……イギリス、かあ」


遠すぎて、どれくらいの時間がかかるのか想像もできなかった。
そんな遠くにジーンがいるのだと考えると、途端に寂しくなってくる。


待合ロビーでじっとアナウンスを待っていると、手の中で携帯が震えた。
家に何か忘れ物でもしたかと慌てて出ると、思いもよらない声が飛びこんでくる。




『Hi、!!』
   ジーン!?」




機械越しの、でも久しぶりに直接聞くジーンの声。
驚きすぎて少しひっくり返ってしまった声に、ジーンが軽やかな笑い声をあげた。


『びっくりした?ねえ、びっくりした?』
「したよ、もう!」
『あははは、ごめん。どうしてもの声が聞きたくなってさ』


向こうは今、深夜のはずだ。
そんな時間までジーンが起きていることなんて、今まではまずなかった。

そんなジーンが、この時間まで起きてくれていたとすると。


「……心配してくれてたんでしょ?ありがと、ジーン」


きっと、初めて海外に行く私が不安になっていないか、心配してくれていたんだろう。
嬉しさにゆるむ頬を押さえきれずにそう言うと、電話の向こうでジーンが照れくさそうな声になった。


『……まいったなあ』
「それくらいわかるよ、ジーン。もうすぐ飛行機に乗るから、もう寝てて?」
が乗るまで起きてるよ』
「平気だってば。心配性なんだから」


飛行機に乗れば、後はずっと座っているだけだ。
心配いらないと笑うと、すねたような声がする。


『……の声が聞きたかったのも、本当なのに』
   ジーン」


まずい、不意打ちだ。
最近めっきりこういう機会がなかったから、すっかり油断していた……。


「恥ずかしい……!」
『ふふふ、やっぱりは可愛いなあ』
「ジーン!」


これ以上言ってくれるなと声を大きくすると、ちっとも悪びれていない様子でごめんと返ってくる。


駄目だ、絶対に全然わかっていない。
照れちゃって可愛いなあ、くらいにしか思っていない。
いや、確かに合っているんだけど。


恥ずかしいやらもどかしいやらで何も言えずにいる間に、アナウンスが飛行機の搭乗開始を知らせた。
それがチケットと同じ便名だと確認して、やや早口にジーンに告げる。


「搭乗が始まったみたい。そろそろ切るね」
『え?始まったばっかりなら、まだ   
「そんなこと言ってると、絶対そのうち時間を忘れちゃうから。またね、ジーン」


ジーンともっと話したいのも確かだけれど、そうすると乗り遅れる可能性がものすごく高い。
それだけは避けなければ。


もうここで話すつもりはないときっぱり言いと、一瞬黙ったジーンが柔らかい声で苦笑した。


『……まったくもう。にはかなわないなあ』
「え?何が?」
『わからないならそのままでいいんだ。そんなが大好きだから』
「な   っ!!」


一旦引いた顔の熱が、また一瞬で戻ってくる。
多分それに気づいたんだろう、ジーンがくすくすと笑う声が聞こえてきた。


『じゃあね、。こっちで待ってる』
   うん、待ってて。あと半日で、きっと会えるから」
『うん』


またね、と軽やかな声の後に、小さなリップ音。
さすが外人だと感心しながら携帯を閉じて、スチュワーデス……じゃなかった、フライトアテンダントの待つゲートに急ぐ。
パスポートと搭乗券を渡すと、「よい旅を」と笑いかけてくれた。

思わず笑い返しながら、きっと素敵な旅になるだろうと、何の根拠もなく思う。
フライトアテンダントがこんなに素敵な人達ならば、長い空の旅も気持ちいいに違いない。

A列はこちらから、と言われて通路を進むと、ほどなく私の席に着いた。


のは、いいんだけれど。


「ひ……広い……?」


よくわからないけれど、ちらりと見えた後ろの方よりも、あからさまに一列の席数が少ない。
さすがはビジネスクラスだと恐れおののきながら座ると、ふかりと優しい座り心地だ。


「……やっぱり、エコノミーにしてもらった方がよかったのかな……」


庶民の私に耐えられるかどうか、ちょっぴり自信がなくなってきた。

頑張れ私、寝てしまえば問題ない。
それまでの辛抱だ、うん。

ひとまず荷物をしまおうと両手で持ち上げようとしたら、男性のフライトアテンダントがささっと代わりに上げてくれた。


「あ……ありがとうございます」
「いえ。何か出したい荷物がありましたら、お近くの客室乗務員にお声がけください」


ゲートの時と同じように優しく笑いかけられて、肩の力がすとんと抜ける。


いい機会だし、どうせだから景色でも楽しもう。
綺麗な景色が会ったら、写真を撮るのもいいだろう。


撮った写真をジーンに見せたらどういう反応をしてくれるのか、少し楽しみになった。