長い長い空の旅に少しだけげんなりしながら空港に下り立つと、すぐにジーンが気づいて合図をしてくれた。
「、久しぶり!」
「ジーン」
ぎゅうと抱きつかれて恥ずかしさがこみあげてきたけれど、そこかしこで同じような光景が繰り広げられている。
さすが外国クオリティだと思い直して、私もジーンに抱きついた。
「電話、ありがとう。本当はちょっと不安だったんだ」
半日前のことを言ってそうはにかむと、ジーンも優しく目を細める。
わかっているよというように腕の力が少し強くなって、今度こそ離れた。
そのままするりと手がつながり、ゆっくりと歩き始める。
「みんな、に会うのを楽しみにしてるんだよ。ルエラとマーティンは日本語ができないけど、わからないところは僕が通訳するから安心して」
「うん。ありがとう」
ルエラ、マーティン。
ジーン達を育てた人達。
一体どんな人なんだろう。
これからホームステイをするホストファミリーのことを想像して、仲良くなれるだろうかと胸が弾む。
いい人に違いないというのはわかっているから、何の心配もしていないのだけれど。
「マーティンは今日はちょっと遅くなりそうだって。ナルは引きずってでも帰らせるから安心してね。あ、僕もナルを迎えに行くけど、その間一人で大丈夫だよね?」
「うん。そんなに長くかからないでしょ?」
「2時間くらいで帰ってこれると思うよ」
2時間くらいなら、ルエラさんとどうにかおしゃべりしながら過ごせるだろう。
会話に困ったら、一緒にお菓子でも作ればいい。
それか、英語を教えてもらうとか。
ずっとジーンにべったりなわけにもいかないから、うなずいて握る手に力をこめた。
私は大丈夫だよ、ジーン。
その思いは正しく伝わったようで、こちらを見たジーンが嬉しそうに笑った。
「待っててね、なるべく早く帰ってくるから」
「ありがとう」
弟君が何と言おうと、今日はなるべく早く帰ってきてもらいたい。
やっぱり、最初の挨拶はきちんとしなければ!
マーティンさんが遅くなるのは仕方がないと思うけれど、弟君の研究は早く切り上げられるはずだ(ジーンが言っていた)
ツンドラのような空気をかもしだされるかもしれないけれど、そこはジーンが何とかしてくれる……はず。
どうか無事に済みますようにと祈っていたら、いつの間にかタクシー乗り場に着いていた。
電車で移動するのかと思っていたから、思わず驚いてジーンを見上げてしまう。
「……タクシー?」
「うん。2時間か3時間で着くよ」
まるでそれが何でもないことのようにうなずかれて、これがイギリスの常識なのかジーン限定の反応なのかがわからなくなる。
そのままタクシーで運ばれること3時間弱、ようやくジーンの家に到着した。
玄関の前には見るからに上品な女の人が立っていて、私がタクシーから降りると同時にぱっと顔を輝かせる。
「!?」
「は、はい」
「Oh!やっぱり、とってもsweetね」
「え、あ、Thank you……?」
にっこり笑って褒められて、反射的にお礼を言いながらじわじわと顔が熱くなるのがわかった。
それを見てますます微笑ましそうに頬をゆるめた女の人は、私の肩を抱き寄せながらジーンに「Hi, dear」と声をかける。
「私はLuella。Luella・Davis。ジーンの母親です」
「 ・です。こんにちは、お世話になります」
ゆっくりと片言の日本語で挨拶してくれたルエラさんにお辞儀をしてHow do you do?と言うと、微笑みながら同じように返してくれた。
「ここ、あなたの家。私達、あなたの家族。何でも言ってください」
「 だって。、遠慮はいらないからね」
悪戯っぽく笑ったジーンが、「ルエラったら、がくるからって、僕らにいろんな日本語を訊いて覚えてたんだよ」と小声で教えてくれる。
その言葉で、一欠片残っていた不安がゆっくりと溶けていった。
こんなに遠く離れた場所で、私がくるのをこんなに楽しみにしていてくれた人がいる。
見ず知らずのはずなのに、日本語まで覚えようとしてくれた。
それが嬉しくて、思わずルエラさんに抱きつきたくなってしまう。
「 I'm glad to meet you!」
どうにかこらえて精一杯の笑顔で伝えると、「Me too!!」とハグされた。
少しふくよかな身体は柔らかくていい匂いがして、なるほどジーンのお母さんだと妙に納得する。
「Luella, shall'e enter the home?」
「Oh, sure!」
苦笑したジーンに促されて入りながら、映画に出てくるような大きな家にこっそり恐れおののく。
この大きさはあれだろうか、イギリスではデフォルトなんだろうか。
ルエラさんもジーンも普通にしているのだから、きっと普通だと信じたい。
この近辺はずっと同じような大きさの家ばかりだし。
「Jean, guide her in the room」
「OK」
ルエラさんの言葉にうなずいたジーンに先導されながら(荷物はもちろんジーンの手の中だ)、本当のところはどうなのか訊いてみる。
「ジーン、イギリスってみんなこんなに家が広いの?」
「え?うーん……ここはちょっと広めかなあ。僕もここと孤児院以外は知らないから、よくわからないんだよね」
「そっかあ……」
それなら仕方がないとうなずくと、ジーンがきょとりと瞬いた。
「……は、驚かないの?僕が孤児院育ちなのかって」
「え?」
ジーンは本気で驚いているようだけれど、それこそ驚いてしまう。
ジーンはジーン、私にとってはそれ以上もそれ以下もないのに。
「だって、ジーンはルエラさんとマーティンさんの子供なんでしょ?」
「う ん、そうだけど……」
「じゃあ、それでいいじゃない」
ジーンが今、そう思えているなら、別に問題ない。
私はずっと、ジーンから「家族」の話を聞いていたのだから。
笑ってそう言うと、数秒黙ったジーンにぎゅうと抱きしめられた。
「ジーン?」
「ああ、もう やっぱり、好きだ」
どうしてそうなるのかはよくわからなかったけれど、呟いたジーンの声がとても幸せそうだったから、まあいいかと肩の力を抜く。
さすがにぎゅうぎゅうと力が増してきたから、しばらくしてから止めたけれど。
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