森結人。ジーンの本名。
森君、かあ……。
考えたこともなかったけれど、ジーンが森君って呼ばれてるところなんて、何だか想像つかない。
微妙な顔になってたんだろうか、横になったジーンがじっと見上げてきた。
「どうしたの?」
「ううん、別に」
あの日から1週間、ジーンはまだ寝てばっかりの生活を送っている。
頭に響いたあの声は何だったのかとか、どうしてお家の人に連絡を取らないのかとか、訊きたいことはたくさんあるけれど。
あの日ジーンが後で説明してくれるって言ったから、疑問は全て喉の奥にひっこめた。
「ねえ、ほんとに病院じゃなくていいの?」
旅行に行くのに保険証を持ってこないわけがない。
荷物のどこかにはあるはずなのに、ジーンはかたくなに入院を拒む。
「大丈夫」
「でも、死にかけたのに !」
「こうして生きてるんだからいいじゃないか」
「よくない!大体、お家にも連絡してないじゃない!」
「無事なのに心配かけるようなことをしたら、かえって申し訳ないよ。みんな忙しいんだから、帰ったら笑い話にするさ」
なだめるように笑われれば、もう反論もできない。
悔しいから、代わりにあの不思議な現象について訊いてみることにした。
「ねえ、どうして夢の中でもトランス状態でもないのに、あの時ジーンの声が聞こえたの?」
軽い気持ちで訊いてみたのに、その問いにジーンは傍目にもぎくりと顔を強ばらせる。
……何か悪いことでも訊いたんだろうか、私。
いや、でも、確かにあの時後で教えてくれると言ったはずだ。
首を傾げてジーンを見つめると、その視線の先で彼はおっくうそうに腕を持ち上げて目の上に乗せた。
「ジーン?」
「あー……うん、あのね?」
「うん」
「……怒らない?」
「何を?」
「だから、怒らない?」
「何を怒らないか言ってくれないと、どうなのかなんて言えないよ」
「いや、それはそうだけど……」
口ごもるジーンをせっついてせっついて、ようやく彼が気まずそうに口を開いた。
「……あのね」
「うん」
「僕とナルに、ホットラインがあるっていうのは、前に話したよね?」
「うん、聞いた」
「それ、事故の弾みでねじれて、と強く繋がっちゃったみたいなんだ」
「 は?」
ホットラインって、テレパシーみたいなものだよね?
それがどうして、赤の他人同士の私と繋がるんだろうか。
全くもって理解できない。
「最近はナルよりもの方が距離的に近かったし、なによりよく交信してたからね」
必死にラインを合わせようとしたのが決定打みたいだと呟くジーンは、こころなしかぐったりと疲れているようだった。
「帰ったらナルに怒られる……」
「もう、弟君とは完全にラインは切れてるの?」
うめいたジーンにそう訊くと、どうやらそうでもないらしくかぶりを振られた。
「細々とは繋がってるよ。ただ、今はとの繋がりが強すぎてほぼ不可能」
「そんなものなの?」
双子の神秘とか何とかで、何があってもお互いわかるようなものかと思っていたけれど。
「何て言うんだろう……ほら、ラジオの周波数がうまく合ってないとか、テレビのチャンネルが合ってないとか。そういう感覚に近いかな」
いまいちよくわからない感覚だけど、多分繋ぎたくてもつながらないあのもどかしさみたいなものだろう。
弟君だって、ジーンと話したいだろうに。
「そっかぁ……」
「うん。もしかしたら、が僕らの中継地点になっただけかもしれないけどね」
「ふうん ん?」
中継地点?
流れで納得しそうになったけど、今とんでもないこと言わなかったか、ジーン。
「中継地点?」
「うん。落ち着いたらそのうち試してみたいから、その時は協力してね」
無邪気に笑いかけられて、反論できずに曖昧にうなずく。
私って、携帯のアンテナか何かか……。
電波が悪いとか言って、電化製品よろしくバンバン叩かれたらどうしよう。
そんなことを考えた、昼下がり。
ジーンは持ち前の明るさと人懐っこさで、割とすぐに我が家になじんだ。
お父さんなんて始めは露骨に嫌そうな顔をしていたくせに、今じゃ寝たきりのジーンのところにいそいそと通う始末だ。
男の子欲しかったのかな、やっぱり。
「結人君は寝てるかな?」
「昼間しゃべりすぎちゃったみたい。今日はもう疲れて寝てるよ」
夜中にまた起きて、私にラインを繋ぐかもしれないけど。
自分が眠れないからって、わざわざ眠りかけの私を巻き込まないで欲しいんだよね……。
今日はもう寝ちゃおう、そうしよう。
寝さえしてしまえば、ジーンも安眠妨害してまでラインを繋げないだろう。
「お風呂、先入るねー」
「ぬるいときは追い焚きするのよ」
薔薇の香りの湯船にゆっくりとつかりながら、そういえばジーンの身体を拭いてなかったなあと思い出した。
……どうしよう、明日でいいか?
…………うん、いいや。
いいことにしよう。
無理矢理納得して布団をひっかぶると、タオルケットの感触が気持ちいい。
うん、と伸びをして、いつの間にか夢の中。
白い白い世界に1本だけ生えた木は、桜か梅か。
まあ気にしてないからいいけど、その光景を見て少しげんなりしてしまった。
「また……?」
「待ってたよ、!」
呟くのと同時に後ろから衝撃を受けて、軽くたたらを踏む。
こんなことをするのは奴だ、奴しかいない。
「ジーン!無駄に人を引っ張り込まないでよ!」
「だって、起きてるときはまだ自由に動けないんだもん」
「だもん、じゃないの!」
ああもう、私の安眠を返せ!
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