デイヴィス家の朝は早い。
早いと言っても、実のところ出勤する3人が早いだけなんだけれど。
毎日家にいるジーンに心配になって、仕事には行かなくてもいいのかと聞いたら、日本でいう裁量労働制のようなものなんだと笑って教えてくれた。
裁量労働が何なのかよくわからなかったけれと、とりあえず休んでもパフォーマンスさえ上げれば大丈夫らしい。
そんなわけで、今現在出勤している2人に合わせて朝食を食べるのが、こちらに来てからの毎日の習慣だ。
家族は一緒に食事をするものよ、というルエラさんの言葉に、思わず私も?と訊いてしまったのは、今考えると何とも恥ずかしい。
当然じゃないのと言わんばかりに驚いたルエラさんに何故か怒られ、弟君に呆れられたのもいい思い出……と、言えるのかな?
「まさか怒られるとは……」
「予想ぐらいできるだろう、あのジーンの母親だぞ」
「あなたの母親でもあるんだよ、弟君……」
「あいにくと、僕はずいぶんひねくれた性格のようですので」
つんと澄まして言い切った弟君は、ジーンとそっくりな顔とは思えないほど小憎たらしかった。
それでも文句のつけようのない美青年ぶりなんだから、もうどうしようもない。
……自分の顔の価値をよく理解しているとジーンが言っていた意味が、ようやくわかった。
ベッドに座ってそんなことをしみじみと思い出していたら、ジーンが機嫌良さそうに入ってくる。
「、散歩に行かない?」
「行く!」
ありがたい誘いに即答して、急いでコートを手に取った。
大学に入るまでに慣れておいた方がいいと言われたお化粧は、まだうまくできなくてめんどくさい。
そのまま出かけようとしたら、ジーンが笑いながら「ルエラにやってもらいなよ」と私の背中を押した。
「Luella, please make up!」
「make her up?」
「Yeah!」
リビングにいたルエラさんは、ジーンのお願いにぱっと顔を輝かせた。
そのまま大はしゃぎのルエラさんとジーンに両脇を固められて、顔に色々なものをぺたぺたと塗りたくられる。
お粉をはたかれた時に思わずちょっぴりむせたら、優しい笑顔で「Sorry,」と謝られた。
も、申し訳なさよりも、わくわくしている方が大きいのが丸わかりなんですけど……!
どれにする?色鮮やかなアイパレットを見せられても、正直どれが自分に合うのか見当もつかない。
全部お任せで丸投げすると、ピンクベースの冬色に仕上げてくれた。
「So cute!とても可愛い!!」
「うん、すごく可愛い!」
鏡を見ると、見慣れた顔が綺麗に変わっている。
それでも私とわかるのが不思議で、どこが変わったのだろうとしげしげと覗きこんでしまった。
そんな状態でさらにべた褒めされて、さすがに恥ずかしくていたたまれなくなってくる。
「 っ、ジ、ジーン、行こ!」
鏡をふせるようにドレッサーに置いて、にこにこしているジーンの腕を引っ張って逃げ出す。
背後からルエラさんの微笑ましそうな声が追いかけてきたけれど、何と言ったのかまではヒアリングできなかった。
日が上ったばかりで静かな街は、ほてった顔に心地よい冷たさを与えてくれる。
けれど身体には寒くて、思わず身を縮めてしまった。
「寒い?」
「ちょっと……」
微笑んだジーンに顔を覗きこまれ、恥ずかしさをごまかして笑う。
コートだけでは、2月のこの寒さは防げなかったらしい。
朝早くの空気がこんなに冷たかったなんて、知らなかった。
コートのポケットに手を突っ込もうとしたら、右手を包みこむように握られる。
そして左手には、ジーンがつけていた手袋。
「ジーン?」
「コートのポケットよりも、こっちの方が暖かいよ」
「……うん、それはそうだけど……」
まさか自分が、少女漫画にありがちな構図をやることになるとは思いもしなかった。
男物の手袋は私には大きすぎて、指の先が余って不格好だ。
落とさないように拳を握って、のんびりと隣を歩くジーンをこっそり見上げる。
時々こうやって、ジーンが男の子なんだと感じる度に、とても恥ずかしくなる。
私よりもずっとずっと綺麗な顔で、線だってずいぶん細いのに、手の大きさや力の強さは確かに男の人のものだ。
熱くなる頬を隠したくてうつむくと、ジーンの柔らかい声がした。
「?どうしたの?」
「何でもない」
大丈夫だと手を振って答えると、つないでいる方の手を軽く引かれる。
「うつむかないでよ。せっかくすごく可愛いんだから」
「だから、そういうこと言わないでってば……」
「どうして?本当なのに」
可愛いものを可愛いと言って何が悪いというのがジーンの言い分らしいけれど、そのオープンさが恥ずかしくてたまらないのだと、どうしたらわかってくれるのだろう。
慣れないお化粧は顔の表面が変な感じがして、他の人から見た自分が鏡で見たあれなのだと思うと、余計に恥ずかしくなってくる。
「可愛いよ、。だからもっと、自信を持って」
どうやら、お化粧のせいで恥ずかしがっていると解釈されたようだ。
確かにそれも恥ずかしいけれど、まさかジーンを意識していましたとも言えず、黙ってかぶりを振る。
そんな私に困ったように笑うと、ジーンは足を止めて額にキスをくれた。
「、可愛い」
「ジーン、恥ずかし」
「可愛い」
腕を引っ張ってもジーンはいつものごとく口をつぐんではくれず、今日はそればかりか顔が近づいてきた。
何をされるのかを理解した瞬間、さすがに抵抗する。
「ジーン、ここ、外 !!」
「こんなに早い時間、誰も出てこないよ。毎日出勤してたけど、一度も誰かに会ったことなんてないもん」
だから、ね?
至近距離で綺麗に微笑まれて、思わず反応できなくなってしまった。
私がその顔に弱いの、知ってるくせに……!
真っ赤な顔になっている自覚はある。
それでも一生懸命睨んでいると、唇が優しく降ってきた。
「好きだよ、」
口紅の色がほんの少しだけ移ってしまった唇でそう言われて、しゃがみこみたくなってしまう。
……やっぱり綺麗だ、ジーン。
「……私もだよ」
やっとの思いでそう答えると、花が咲くようにジーンが笑った。
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