今日はいよいよ、ラボに連れて行ってもらう日。
どこかおかしなところがないか何度も鏡で確認していたら、「はいつでも可愛いよ」とジーンに笑われた。
だから、そんな言葉は信用できないの!
ルエラさんにも何度も確認してもらって、ついでにお化粧までしてもらって、いざ出陣。
タクシーで連れてこられたそこは、研究施設というよりも、大学のキャンパスのような場所だった。
緑が多くて、建物と建物の間がとても離れているところは、多分日本の大学とはぜんぜんスケールが違うけれど。
春から通うことになっている大学のキャンパスを思い出して、やっぱり外国は違うと感心する。
「、こっち。慣れないと迷子になりやすいから、気をつけてね」
「あ、うん」
ジーンに手を引かれながら緑の中を歩いていくと、ベージュと白の建物が見えてきた。
半端なく大きいのは気のせい なわけないですよね、すいません。
ものすごく大きいです。
とんでもなく広そうです。
及び腰になる私には構わずに、ジーンはずんずんと歩いていく。
「まどかには知らせてあるから、多分ものすごく歓迎してくれると思うよ。あ、前にもいったけど、僕のチームは全員日本語ができるから、その点は安心してね」
「う、うん……」
ありがとう、ジーン。
だけどね、私が及び腰なのは、そんな理由じゃないんだよ。
言いたくても言えない、だってジーンは親切心100%で言ってくれてるのがわかるから。
ものすごく場違いな感じがひしひしとしつつも、ジーンに手を引かれて建物の中に入る。
「こっち。本当は部外者は入れちゃいけないから、必要最低限だけだってまどかから言われてるんだ」
「あ、それは全然構わないよ。こうして入れてもらってるだけで充分特別待遇なのはわかってるし」
「ごめんね」
心底すまなそうに謝るジーンに笑ってかぶりを振ると、ようやく不安がほどけてくる。
幽霊の研究をしているにしてはいやに近代的で科学的に見える内装は、多分言われなければ誰も用途には気づかないだろう。
一体どんな人が働いているのかと想像していたら。
「初めまして!室長の森まどかよ。んもう、ジーンったら、いつの間にかものすごい遠距離片思いの末に、こんな可愛い彼女をゲットしちゃうなんて!」
ものすごくハイテンションな室長さんに握手した手をぶんぶんと振られました。
「でしょ!?僕が言ってた通りの子でしょ!?」
「そうね。困った顔も可愛いー!!」
「はどんな顔でも可愛いんだよ」
「あらー、のろけられちゃった!!ちょっとジェン、今の聞いた!?」
「聞いた聞いた!!ジーンったら、すっかりその子に首ったけじゃない」
怒濤のごとく繰り広げられる恥ずかしい会話に、できることならどこかに逃げ出したい。
けれどもまどかさんに手を握られたままの状態ではどうすることもできずに、せめて真っ赤になった顔を必死にうつむくだけだ。
そんな私を助けてくれたのは、何とも意外な人物だった。
「 まどか、もうそれくらいに。さんが困っています」
「あら?リンがそんなことを言うなんて、珍しいじゃない」
「……彼女は、ジーンの恩人ですから」
からかうようなまどかさんの言葉にそれだけ答えて、リンさんは私に椅子を勧めてくれる。
おとなしくそれに座りながら辺りを見回すと、十数人ほどの視線がどれも好奇心いっぱいに向けられていた。
正直言って、客寄せパンダか何かになった気分だ。
居心地の悪さに身じろぎをすると、慣れた温かさが後から両肩に触れた。
「彼女が。僕の彼女」
「ヤッフゥ!!ジーン、堂々と宣言しやがった!!」
「いい響きだよなー、『彼女』。俺も彼女ほしいなあ」
「馬っ鹿、作る時間ないじゃん」
「それはあんたが研究馬鹿だからでしょ?私はちゃんと彼氏がいますー」
……何だろう、この集団。
どうやって対応したらいいんだろう。
ノリがすごすぎて、今までの私の知識ではキャパシティー不足だ。
パニック寸前になっていたその時、何かを叩きつける激しい音がした。
「 うるさい。僕の部屋まで聞こえてるぞ」
「ナル……」
「何をしてもいいが、僕の研究の邪魔はするなと言っているはずだが?」
底冷えのするような声でそう言った弟君は、分厚い本をドアに叩きつけたままの格好で室内を見回す。
足を組んで壁にもたれかかっているその姿も、それだけで絵になるのはある意味とてもうらやましいことだ。
一気に静かになった中でそんなことを考えていると、不意に弟君と目が合った。
「 、僕の部屋に。このまま騒がれると、うるさくてたまらない」
「あ、あ、うん」
反射的にうなずいて立ち上がったけれど、彼のその言葉に今度は違う大騒ぎが起こる。
「 ナルがほとんど親しくない子を名前で呼んだ……!!」
「何、どういうこと!?」
「まずい、明日俺、交通事故に遭うかも……!!」
「いや、いくらなんでもそりゃないだろ。えーとあれだ、槍が降る!!」
とりあえず、どれも酷い言い草だ。
弟君が私を名前で呼ぶのは、「私達、今は家族なのよ」というルエラさんに押し切られたからなだけなのだけど。
そんな皆に「うるさい」ともう一度絶対零度の声音で言い捨てて、弟君は問答無用で私の手を引きながら部屋を出た。
後からついてきたジーンとリンさん以外は、それ以上追いかけてくる様子はない。
右斜め2つ横の部屋に入ると、いくつかあるパイプ椅子を勧められた。
「どこでも好きなところに」
「あ、うん」
連れてきたにしてはぞんざいな扱いだけれど、これはまあ弟君なら当然だろう。
特に反感をもつこともなく手近な椅子に座ると、無表情のリンさんが頭を下げた。
「本当に ジーンを助けてくださって、ありがとうございます」
「え、いや、そんな、私はただレスキューを呼んだだけで、それだってジーンに頼まれなければ 」
「それでも、貴女がいなければ、ジーンは今ここにいなかった」
繰り返されて、改めてものすごい確率で起こった偶然だと気づかされる。
ジーンがいない、今。
想像するだけでぞくりと背筋が冷えた。
弟君の視線が何となく優しいのも、あの(微妙に居心地の悪い)場所から連れ出してくれたのも、きっとそれに関係している。
だから私は、笑顔でこう答えるのだ。
「 だって、ジーンですもの。幸運を自分でもぎ取る人でしょう?」
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