それから何度かラボにもお邪魔させてもらって、チームの皆さんとも仲良くなって。
ノリがよすぎるだけで、基本的にはいい人達だ。
ランディさんは特にラップ現象を研究しているらしく、「ほら!ほら!!」なんて嬉しげに映像を見せられた。

あの、これだけだと、単なるホラー映画です……なんて言えるはずもなく、もちろん全部付き合いましたとも。
……怖かった……!


そんな日々を過ごしつつ、気づけば帰国の日になっていた。


「I miss you,
「Me too, Luella」


空港でぎゅっと抱きしめあって、横にいたマーティンさんとも抱き合う。
温厚で優しいマーティンさんも、私をとても可愛がってくれた。
そして、仏頂面の弟君とは握手を。


「さよなら。どうもありがとう、とても楽しかった」
「……マーティン達も、お前が来て楽しそうだった。また来るといい」


何とも弟君らしい言葉に笑って、「じゃあね、ナル」と手を離す。
そして最後に、ジーンのところに。


「……本当にいいの?まだこっちにいても……」
「いいんだ。今度はちゃんと、マーティンにもルエラにもOKをもらったから」


笑顔のジーンの足元には、大きなスーツケース。

ジーンも私と同じタイミングで、日本に発つ。
一緒のマンションに住んでくれるんだけれど、何も一緒に行かなくてもと思う。

実際にルエラさんは泣きそうな顔をしているし、マーティンさんも口では何も言わないけれどあまり快くは思っていないようだ。


「でも、まだ半月もあるし……」
、新しい土地に慣れるの苦手だろ?そこに1人きりで、本当に大丈夫?」


痛いところを突かれて、思わず言葉をつまらせる。


……確かに、東京で一人暮らしをする自信は、あまりなかった。
だからこそ、寮がある学校にしようかどうか悩んだのだから。

いや、春から行く大学にも寮はあるのだけれど、その周辺が夜暗いというのがネックなのだ。
都会は危ないっていうし、何もあんな明かりの少ないところに寮を作らなくてもいいと思う。


そんなわけで、双方の両親のお墨つきで(ここがちょっぴり引っかかるけれど、うちの両親に関しては、息子も一緒に行きますよ的なノリだと信じよう)2人暮しをすることになりました。


「……Bye, Luella, Martin」
「See you latar,


マーティンさんにそう言ってもらって、また来ていいのだと嬉しくなる。
ルエラさんも同じように言ってくれて、ついでに頬にキスもくれた。
恥ずかしいのはもちろんだけれど、ジーンで慣れていたのと、私にそんなことをしてくれるとは思ってもみなかったので、嬉しくて泣きそうになってしまう。
そんな私の手を引いて、ジーンが優しく笑った。




   行こう、
「……うん」




行きは居心地が悪かったビジネスクラスのシートも、ジーンと一緒だとそんなに気にならない。
窓の外に見える雲海や夜景にはしゃいで、イギリスでの思い出をおしゃべりして。
そうこうしているうちにいつの間にか眠ってしまったようで、優しい手で揺り起こされた。


「おはよう。食事だよ」
「……あと少しで、日本?」
「うん。2〜3時間で着くんじゃないかな?」
「そっか……」


小さくあくびをしながら、肉か魚かを訊くアテンダントに肉を頼む。

行きは魚だったから、帰りは肉がちょうどいいだろう。
朝食だから、そんなに重くもないだろうし。

日本語で通じる点は、わざわざJALの便を選んでくれたジーンに感謝だ。


「帰ったら、また新幹線かあ……」
「しょうがないよ、グリーン車取ってあるから、ちょっと我慢してね」
「大丈夫だよ、行きと違って1人じゃないし」


ジーンがいてくれるだけで、行きのような不安は全くない。
自分でも現金だと苦笑しつつ、心配そうなジーンの手を握る。


「お母さん達に、お土産話いっぱいしなきゃね」
   そうだね。ルエラからのプレゼントもあるし」


ルエラさん特製の苺ジャムは、向こうで食べたおいしさの折り紙付きだ。
あまりにもおいしがる私に、ルエラさんがお土産にと持たせてくれた。

作ればいくらでもあるのよと笑ったルエラさんのジャムは今、貨物室の中だ。
……割れていないといいと、今更ながらちょっぴり思った。
日本の航空会社だから大丈夫だろうけれど、ところによっては荷物がかなり乱暴に扱われると聞いたから。


そんな心配も杞憂だったようで、へこんでも傷ついてもいないスーツケースを転がして、そのまま新幹線に乗り換える。


……東京駅って広すぎる!!
それに迷いやすい!!
危うく乗り遅れるところだった……。

ジーンが先導してくれなかったら、間違いなく迷ったあげくに乗り遅れていただろう。


慣れた日本語にほっとしながら、車内で駅弁を食べる。

食べてばかりと言うことなかれ、成田空港から東京までは結構あるのだ。
朝食を食べた時間を考えると、お昼時の今がちょうど食べ時。
段々と見慣れた景色になっていくのに心を弾ませていたら、そっとジーンに笑われた。


「……やっぱり、家に帰るのは楽しみ?」
「うん!ジーンだってそうでしょう?」
「うん。久し振りにマーティンとルエラに会えて嬉しかった」


そこまで話して、ふとこれからのことを思う。

家族と一緒が安心するのは、ジーンも同じこと。
けれどジーンは私の都合に合わせて、ここまで来てくれた。

   それは、本当によかったの?


ぐるぐると回る思考の中、不意に温かい手が額に触れた。





はっとして横を見ると、ジーンが真剣な顔でこちらを見ている。


「僕は、僕がと一緒にいたくて、日本に来たんだ。じゃなきゃ、夢で会うだけで充分だろう?」
「……うん」
「じゃあ、もう変なことは考えないこと」


額から頬をなでるような手のひらが動いて、とろけそうな微笑みを。
   ああ、私、幸せ者だ。