1週間。
1週間、仕事をしてみてわかった。


……弟君、おっとナル君は、やっぱり我が道を行く天上天下唯我独尊だ。


まだ勝手がよくわからないというのに、山のように仕事が積まれていく。
慣れない英語の応対をしつつ、たまに懐かしい人達(イギリスで知り合ったSPRの人達)と会話が弾んだり。
相変わらずの英語力だけれど、おかげで大学の英語の授業が少しずつ楽になりつつある。

エアメールの処理も私の仕事の範囲内だから、私用の封筒じゃない限り開封して中身を確かめている。
専門用語が多くて、辞書を片手に頑張ってはいるけれど……もたついていると、ナル君から「まだか」とブリザードがやってくる。
それがナル君の性格だから仕方がないとは思っているけれど、もう少し初心者には優しくしてほしいものだ。

聞けば、麻衣ちゃんに対しても始めから容赦はなかったんだとか。
私たちの友情が一気に高まったのは言うまでもない。


「だよねだよね!ナルの扱いって、やっぱりおかしいよね!」
「そうだよね!まったく、こっちは英語を読み解くだけで四苦八苦してるのに……」
、本当に頑張ってるよねえ……あたしもあれちょっと見たけど、絶対中身なんてわかんない」


ちろりと舌を出して肩をすくめた麻衣ちゃんは、空になった私のティーカップを持って立ち上がる。


「おかわり持ってくるね!は座ってて」


そのままぱたぱたと給湯室に駆けて行ってしまった麻衣ちゃんに笑って、ソファーに背を預けた。


一つ一つの行動に愛嬌があって、麻衣ちゃんはとても可愛い。
ジーンから話を聞いて想像していたのとはちょっと違ったけれど、いい意味で裏切られた感じだ。
淹れてくれるお茶はどれもとてもおいしいし、ナル君が文句を言わないのにも納得。

一度私が淹れたら、そりゃあもう嫌味を言われましたとも!
イギリスでのあの一件以来、彼には絶対お茶を出さないと心に決めている。


、お待たせ!冷房効いてるから、ホットでよかったよね?」
「うん。ありがとう、麻衣ちゃん」


アッサムにたっぷりとミルクを注いだカップからは、いい香りが立ちこめる。
笑顔でそれを受け取り、さて書類の仕分けを開始するかと辞書をめくったところで、所長室のドアががちゃりと開いた。


「麻衣、お茶」
「はいはい。茶葉は何をご所望で?」
「お前に任せる」


言いたいだけ言ってまたドアを閉めたナル君に、麻衣ちゃんと視線を合わせてこっそり苦笑。


「……ありゃあ、相当煮詰まってるね、ナルの奴」
「学会論文、今回無茶振りされたみたいだしね……この事務所、本当に開けてて平気なのかな」
「まあ、ここは半分ナル達の趣味みたいなもんだからね。いいんじゃない?」


1週間してもお客さんが来ないことからしても、麻衣ちゃんの言うことはある意味正しいんだろう。
しかし、SPRも豪快なお金の使い方をするなあ……。

イギリスにいた時に何回かだけれどSPRに行って、研究のためなら惜しみなくお金を使うみんなを見ていたから、思わず軽いため息が出てしまう。
いや、ナル君の場合にはパトロンがいるんだったか。

そんなことまで思い出して、つくづく天才はすごいものだとさらにため息が出た。


「ねえ、麻衣ちゃん」
「どしたのー、
「ナル君のさ、どこが好きなの?」


何の気なしにそう訊くと、麻衣ちゃんの顔が一気にぼばばばと赤くなった。
おお、これは面白い反応だ。


「確かにナル君はお金持ちだし、才能もすごいけど、それを補ってさらにマイナスするほどの傍若無人ぶりでしょう?それなのに、どうしてなのかなーって思って」


ジーンから色々と話を聞いて、ホームステイをしたけれど、ナル君に対する印象はそう変わっていない。

冷たくはないけれど、物事を自分基準で考えるところが少しある人。
優しいところもあるけれど、それを麻衣ちゃん達に見せているのかは不明だ。

そんなナル君に、一体どうして麻衣ちゃんが惚れたんだろうか。


ごくごく純粋な問いに、麻衣ちゃんがあーだのうーだの呻き始めた。
視線をうろうろとさまよわせて、むやみにグラスをもてあそんでみて、それから真っ赤になった顔でちらりとこちらを見上げる。
上目遣いが可愛らしい。


「……笑わない?」
「もちろん」


真顔でうなずくと、ようやく小さな声で白状してくれた。




「…………優しいんだよ、ナル」




「優しい?」
「みんな、絶対嘘だって言うんだけど!あたしが調査で怪我した時とかかばってくれたり、ちょっとしたことで気を紛らわせてくれたり」


そんな優しさに、惹かれていったのだと言う。

……なるほど、ギャップ萌えというものか?
言い方は悪いけれど、そんなものだろう。


「そっかあ、確かにちょっとした優しさはわかるなあ」
「でしょ!?あたしだけの勘違いじゃないよね!?」


同意すると、途端に身を乗り出してくる麻衣ちゃん。
その勢いに苦笑しながら、イギリス生活でのナル君のちょっとした優しさのあれこれを思い出す。

あれはよほど気をつけなければ、優しさと気づけないような優しさだ。
それに気づいた麻衣ちゃんは、すごい。


「……麻衣ちゃん。私、やっぱりナル君には麻衣ちゃんがお似合いだと思うなあ」
「なっ……ななな何をいきなり言ってんのさ!、どうしたの!?」


にへらと笑ってそう言うと、麻衣ちゃんがさらに赤くなる。
ナル君、こんなにまっすぐに君のことを見てくれて、気づいてくれる人、そうそういないよ。
こんな優良物件めったにないんだから、このチャンスを逃さないようにしてね?