1ヶ月ほどかけて、ジーンはようやく庭を散歩できるくらいまで回復した。


それが早いのか遅いのかはわからない。
だって、専門家でもないし、他に基準になる人なんて見たことないし。


それよりも、こうやってジーンが生きていることの方が嬉しい。


「うーん……やっぱり、生身は動かしづらいな」
「文句言わないの!リハビリなんだから、動きづらくてあたりまえでしょ?」


ぶちぶちと文句を言うジーンに怒って、肩を支える腕に力をこめた。

1人で歩かせたらふらふらして危なっかしいっていうのに、ジーンは1人で大丈夫だとか言い張るし。
おかげでリハビリ中は付きっきりで見張ってなきゃいけなくなった。


……元気なのはいいことだけど、見てるこっちは心配になるんだということをわかってほしい……。


「元気になったら、一緒にあちこち見て回ろうか」
「いいよ、案内してあげる」


ジーンににっこり笑ってそう言うと、何故か小さく苦笑された。
受け取るニュアンスが違ったんだろうかと首を傾げると、ジーンが身体のバランスを取り直す。
それにあわせて腕を回し直すと、耳元で内緒話をするようにささやかれた。




「日本、いろいろ回ろうかってこと」
「……え?」




内容よりも、まずは耳を触れる空気のくすぐったさに首をすくめる。
今のわざとだ!絶対わざとだ!


「無理にきまってるでしょ、私もうすぐ学校始まるんだもの」
「休んじゃえばいいじゃない!」
「無茶言うな!」


輝かんばかりの笑顔で言う内容じゃないでしょ、それ!
ていうか。


「ジーンはハイスクールに行かなくていいの?確かイギリスって、9月から新学期だよね?」


同い年なら、ジーンだって学校があるはず。
こんなにのんびりしていていいんだろうか。


「大丈夫!もう大学まで出てるから」


よかったらしい。


大学まで出てるって、どれだけ頭がいいのさ。
そっか、天才だからこんなに世間と発想がずれてるのか!

いらつき混じりにじとりと睨みつけると、困ったように笑い返された。


「……駄目?」
「駄目。学校が休みの日には出かけてあげるから、それで我慢して」


ぴしゃりと言ってのけたら、ジーンが情けなく眉を下げる。


「……けち」
「ごく普通の譲歩です」


その顔は可愛くてほだされそうになるけど、そこはぐっと我慢。
あちらのペースにのったら負けてしまうことくらい、この数年で嫌というほど学んでいる。
何とかジーンを引き下がらせると、縁側に座らせてほっと一息。


の学校はいつから?」
「9月1日からだから、あと2週間ぐらいかな」
「午後までずっと?」
「うん。大体4時くらいには帰ってこれると思うよ」


そっか、と呟く姿は寂しそうで、何だか申し訳ない気分になってくる。


「なるべく早く帰ってこれるようにするから。ジーンも無理しちゃ駄目だよ?」
「うん」


素直にうなずいたジーンに安心したけれど、よく考えたら天使のような笑顔でうなずいた直後に、とんでもない悪戯をするような人だと気づいた。


……本当に信じていいんだろうか、私。


一抹の不安を感じながらじっとジーンを見つめると、純粋な(ように見える)目で首を傾げられた。


「どうしたの?」
「……ほんとに無理しないよね?」
「しないよ!早く元通りに動けるようになりたいからね」


わ か っ て な い 。

駄目だ、学校が終わったらすぐに帰ってこよう。


の高校って共学なんだよね」
「うん。女子校もいいかと思ったんだけど、今更女ばっかりのところに入るのもどうかと思って」
「女子校もいいと思うけどね。感覚が鋭くなりそう」
「言えてる!」


共学よりもずっと人間関係が複雑になりそうだから、嫌が上にもそういったものに敏感になりそうだ。
顔を見合わせてくすくすと笑う。


普通なら、こんなに美形が目の前にいたら、頭が真っ白になるんだろうなあ。
見慣れてもちょっぴり見惚れてしまう笑顔を見ながら、こっそりそう思った。


「ねえ、って宿題終わってたっけ」


ひとしきり笑った後にそういえばとジーンに訊かれ、はたと残りの日数を思い出す。
……机の片隅に積み上がった、英語数学物理化学。



「忘れてた……!」



まずいまずいまずい、今からじゃ絶対に終わらない!

かろうじてジーンが事故に遭う前に終わらせていた化学はまあいいとして、問題は他の3つだ。
根っからの文系の私にとっては、鬼門以外の何物でもなかった。


「ごめん、明日からリハビリ時間をちょっと短くしてもいい?」


それでも終わるかどうか微妙なところだけど、忘れてた私が悪いんだから仕方がない。


「手伝おうか?今から全部じゃ大変でしょ」
「いいよ、悪いし」


心配そうにジーンが言ってくれるけれど、病み上がりに無理はしてほしくない。
その提案に飛びつきたくなるのをぐっとこらえて、ジーンの肩に手を置く。


「それより、早くよくなってよ」
「ちょっと勉強を手伝うくらいなら大丈夫!むしろ、頭は使わないと錆びついちゃうからね。気分転換にもなるし、よければ手伝わせてよ」


……こういう時、ジーンは言い方がうまいと思う。

押しつけがましくなく手伝ってくれるという意思を伝えてくれて、身体のことを言われたら私が断れないってわかっていて。
同い年なのに、時々ジーンがとても大人に見えてしまう。

小さくうなずくと、ジーンがぱっと笑顔になった。


「じゃあ、今からやろう!」
「今から……!?」


宿題はやりたくない。
やらなきゃいけないとわかっていても、それが全国の学生に共通の思いだ。
もちろん私もご多分にもれないわけで……。


…………。


「……やろっか」


妙に張り切っているジーンに負けて、そう言ってしまった……。


その後ジーンが何とも簡単に数学と物理を終わらせてしまったのを見て、やっぱり天才は違うものだとひがんだり。
あ、英語は自力で終わらせました。


「何でー?僕が教えるってばあ!」
「これっくらい自分でやらなきゃ、さすがに気まずいの!」


背中にべったり張り付いてくるジーンが答えを教えようとするのを阻止するのが、一番大変だったけれど。