学校が始まってからジーンがふてくされ気味だ。
それには薄々気がついていたけど、それはもうどうしようもない。
学校は休むわけにいかないし、早退するなんてもってのほかだもの。
終礼が終わるや否や飛んで帰ると、ジーンが少し拗ねたような顔で出てきた。
「……お帰り」
「ただいま」
精一杯笑顔でそう言って、着替えもせずにジーンを散歩に誘うのが最近の日課。
けれどそれでも機嫌が直らなくなってきて、本当にほとほと困ってしまう。
「ジーン……どうして怒ってるの?」
「怒ってないよ」
「怒ってるでしょ」
全くもう。
思わずため息をつきたくなるけれど、ぐぐっと我慢。
本当ならジーンだって好き勝手あちこち行きたいんだろうし、それを身体のためとはいえ制限してるのはこっちだ。
ジーンだって、きっとものすごくストレスがたまってる。
もう3ヶ月は経ってるし、普通に生活しても問題はないんだろうか。
「ジーン。具合が悪くなったりとか食欲なくなったりとか、そういうことはない?」
すっかり定番コースになった林の中を歩きながらそう訊くと、は心配性だなあと笑われた。
「僕は元気だってば。そんなに心配なら、今度病院に行って来るから」
「あれ?保険証は?」
「ないけど、後で持って行けば平気なんだって。差額が返してもらえるらしいよ」
あ、そういえば夜間救急とかもそうだった気が。
ん?違うっけ、夜間は保証金の5000円だっけ。
まあどうでもいいか、ジーンが保険証を持ってこれたらいい問題には違いないんだし。
「それなら行った方がいいよ、やっぱり心配だし」
「うん、じゃあ、明日にでも行ってくるね」
「1人で大丈夫?具合悪くなったらすぐに家に電話してね」
道端で倒れられたら、私達の誰もジーンを助けられない。
不安になりながらそう念を押したら、ジーンは嬉しそうに笑ってうなずいた。
何も異常がないって言われたら、2人でちょっと遠くの図書館に行くのもいいかもしれない。
割といろんなジャンルの本が揃っていた気がするから、ジーンもきっと楽しめるだろう。
ちょっと古びた図書館を思い出して、図書カードはどこにやったかと考えを巡らせた。
地獄のように暑いグラウンドでのバレーを終えて、後は終礼だけという移動中。
「 、正門の方、うるさくない?」
「本当だ。何だろ?」
こっちは暑さで気がたってるのに。
しかもみんな、終礼はどうした。
リボンの色からすると、多分いろんな学年が混ざっている。
何だろうねと花音と言い合いながら下足室に入ろうとした瞬間、聞き慣れた声が弾けた。
「!!」
…………。
「……、知り合いみたいだけど」
「気のせい気のせい私は何も聞かなかった」
そう、私は何も聞かなかった。
いつも家で聞き慣れてる声がしたなんて、幻聴にきまってる。
そう思おうとしてるってのに!
「、僕だよ!ー?」
心底無邪気な顔で余計なことをしてくれますね、まったく!
「、あれ絶対あんたの知り合いでしょ」
誰だか知らないけど、声はものすごくいいのね。
妙なポイントで感心する花音に、まさか顔はもっと絶品なんですとは言えなかった。
言ったら最後、とことん追及されるにきまってる。
……どうしてジーンがここにいるのよ!!
「……?」
悲しそうなジーンの声。
今までこんなに無視したことがなかったから、きっと戸惑っているんだろう。
こちらも良心が痛んだけれど、それよりも何回も呼ばれたせいでこちらに突き刺さるジーンの周りの視線の方が痛い……!
「、もうそろそろ反応してあげたら?声だけ聞いてても可哀相だよ」
「……何が起きても何も言わないでね」
「は?何よそれ」
よし。覚悟は決まった。
拳をぎゅっと握りしめて、顎を小さく引いて。
私なりの臨戦態勢を整えて、正門に足を向ける。
歩くにつれて、取りまいていた女の子達が自然と分かれて道を作った。
何だこれ、いつからここは十戒のワンシーンを再現する場所になったの?
じろじろと遠慮なく向けられる視線に、明日からの平穏な生活ががらがらと音をたてて崩れていった気がした。
ああ、3組のシロまでいる……何て言ってごまかそうか。
「、何回呼んでも気づいてくれなかったから不安になっちゃったよ」
女の子の波の向こうから、あからさまにほっとした様子のジーンが現れた。
長い間待ってたんだろうか、ちょっぴり疲れたように校門の柱に寄りかかっている。
一通りざっと見て目立った異常がないのを確かめて。
「 どうしてまっすぐ家に帰らないの、ジーン!!」
力の限りに大きな雷を落としました。
「えー?だって、病院でも心配ないって 」
「じゃあその顔色の悪さは一体何なの!?今すぐ理由を言ってみなさい!」
「え、ええと……」
「ほら、言えないんじゃない!どうせ慣れない距離を歩いたあげくに直射日光にあたりすぎてくらくらきたんでしょ!?」
ああ、もう!もう!!
どうしてジーンは心配ばっかりさせるの……!
涙目になりかけた私を素早く抱きよせて、ジーンが顔を肩口に押しつけさせた。
体育でかいた汗が移るんじゃないかと思わず身じろぎしたら、さらに腕の力が強くなる。
「……ごめん。ごめん、心配させちゃったね」
「ジーンの馬鹿……!」
私はいつだって、ジーンの体調が急変したらどうしようって不安なのに。
軽やかに笑うジーンは、そうしながら私が一生懸命作った囲いを、いとも鮮やかに飛び越えて行ってしまうんだ。
嗚咽がもれるのはどうしても避けたかったから、ジーンの服の胸をぎゅうとつかんで声を殺す。
なだめるように背中をさすられて、その優しさにまた涙が出た。
散々ジーンをなじって謝ってもらって、ついでに全快だよ!との宣言をもらって喜んで。
その時点まで周りに人がいたことを忘れていた私、かなり阿呆じゃないかと気づいた。
……みんなに言い訳、どうやってしよう。
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