ちょうどアポロンが切れたので、新しい茶葉を買いに行った。
そこで思わぬ人物と再会。
「お姉さん」
「あ、あの時の」
クールビューティーという言葉は飲み込んで、こんにちはと微笑んでみせる。
社会人なめんな。
仮面かぶるのなんて朝飯前だ。
……そこまで考えて今は高校生だと思い出し、ちょっぴりへこんだ。
「アポロン買いに来たの?」
「まあね。他にもいい茶葉があったら、ついでに買ってくつもり」
「そっか。私はエロスにしようかな」
あのフルーティーさもいい。
そこでようやく、少年の近くに、目もくらむような美女がいることに気づいた。
「……君のお母さん?」
ビューティーさがどことなく似ている。
ためしに訊いてみると、よくわかったねなどと生意気なことを言われた。
「こんにちは、裕介がいつもお世話になってるみたいね」
「いえ、裕介君の相手をしているのは、私の祖父ですので。気になさらないでください」
ああ、なんて完璧な社交辞令の挨拶。懐かしい。
それにしても、クールビューティーは裕介君と言うのか。
どうせなら名字の方を知りたかった。
いくら小学生とはいえ、よく知りもしない相手のことを名前で呼びたくはない。
それから世間話をしつつ紅茶を買い、帰り道も必然的に同じ路線になった。
そこで判明した、驚きの事実。
「え!?美麗さんって、あの椎名美麗!?」
「あら、知っててくれたの?嬉しいわ!」
知ってるも何も、こちらでは超有名なファッションデザイナーじゃないか。
あ、この服いいなーとか思うと、大抵が椎名美麗のデザインだったりする。
「私、美麗さんのデザイン、クリーンヒットなんですよ!一張羅は大抵美麗さんのです」
「まあ!ますます嬉しいこと言ってくれるじゃない!今度、ちゃんをイメージしたデザインを作らせてちょうだいな。裕介と並んだら、きっと映えるわよー」
「え、あの、私そんなに美形じゃないんですが」
「変なところで冷静だね、さん」
「え、そこ、突っ込みどころ?」
もっと違う突っ込みどころがある気がする。色々と。
そう思って首を傾げると、何故か小さくため息をつかれた。
なんで小学生にため息をつかれなきゃならんのだ、納得いかない。
(主に美麗さんと)和気あいあいと話しているうちに駅に着き、そこからは方向が別々なので、礼儀正しく美麗さんにお辞儀をする。
「それじゃあ、私はここで」
「またお話しましょうね、ちゃん」
はい、と答えた瞬間、ぞわりと背中が泡だった。
妖だ。しかも、たちが悪い方の。
「あの、すみません、ちょっと用事があるので失礼します」
急ぎ足で駅を離れ、妖の後を追う。
早く、早く、あちらは夏目君の家がある方だ!
人目を避けながら、オヤジさんに頼み込んで作ってもらった呪符 夏目君に言葉を届けてくれる呪符を飛ばす。
そのことに必死で、背後で両手を三角にした椎名君が、さっと顔色を変えて追いかけてきたなんて、気づきもしなかった。
あの距離でも背中が泡立つぐらいの妖。
きっと、とても強い妖力を持っている。
友人帳を奪いに来たのか、名前を奪い返しに来たのか、それとも夏目君の力そのものを奪いに来たのか。
いずれにせよ、彼が危険なのには違いない。
「 夏目君!!」
走って走って、口の中に血の味がするくらい走って、ようやく目にしたのは妖と対峙する夏目君だった。
叫んだ私に、妖と夏目君、ついでにニャンコ先生の視線が集まる。
ぜいぜいと息をしながら、夏目君がたいした怪我を負っていないことを確認して、胸をなで下ろした。
「手伝う!」
「 頼む、」
妖が見える「だけ」の私には、足止め程度(しかもオヤジさんの札を使って)(他人に頼るにも程がある)しかできない。
けれど、その足止めが夏目君の集中のための時間稼ぎになる。
「ナウマクサラバタタギャティビヤクサラバボッケイビヤクサラバタタラタセンダマーカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタァカンマン」
長い長い真言。
私ができる、数少ないもの。
身の加持をキープして、続けて除魔の真言に入る。
「オンデイバヤキシャバンダバンダカカカカソワカ」
力のほとんどない私では、これでも妖の動きを少し鈍らせるだけだ。
けれどその間に、夏目君が友人帳から名前を見つけだした。
「受け取ってくれ サラサ」
ふ、と吹かれた息。
名前が妖の額に吸い込まれるその様子は、何度見ても綺麗で素敵だ。
それはきっと、夏目君がとても綺麗な心を持っているから。
名前を取り戻した妖は、何か憑き物が落ちたような様子で去っていった。
「……ありがとう、」
「ううん。よかったね、夏目君」
夏目君と顔を見合わせて笑いあい 背後から響いた変声期前の声にぎしりと固まる。
「ねえ」
……うん?
「今の、何?」
おそるおそる振り返れば、見覚えのありすぎるクールビューティー。
その綺麗な眉が、珍しくもきゅっと寄っていた。
「…………。もしかしてとは思うんだけど」
「…………うん。尾けられちゃったみたい……」
ごめん、とうなだれると、夏目君は頭が痛そうな顔をした。
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