もきゅもきゅと幸せそうにパンを頬張る惇明を、隼雷が呆れた目で見る。
一体どうしたら、こんな薄っぺらくて奇妙な食べ物一つに、こんなに幸せそうな顔をできるのだろうか。
「なあ……それ、うまいのか?」
「気になるなら食べてみればいいでしょうに。この焼き加減が何とも言えずおいしいんですよ」
モーニングコーヒーを飲みながらのんびりと笑った惇明は、バナナの最後の一欠片を口に放り込んで席を立つ。
無言でその背後についた隼雷に向かって、彼は至極当然のようにうなずいた。
「行きましょうか、隼雷」
惇明がふらりと外に出る時は、大抵その鞄の中に甘い物が入っている。
ここ十数年で出回り始めた洋菓子も、もちろんその中に含まれていた。
干菓子よりもずっと形の崩れにくいそれを大事に抱えながら、惇明は小さな一軒家のドアを叩く。
「こんにちは」
「惇伯父様!」
のんびりと声をかけた途端、弾むような少女の声が返ってきた。
いつも変わらず元気なその様子に、惇明は柔らかく目を細める。
満面の笑顔を浮かべながら胸に飛び込んできた秀麗を受け止めつつ、簡素ながらも綺麗に結い上げられた髪をなでると、愛らしい笑顔が返ってきた。
「いらっしゃい、伯父様!」
「元気そうですね、秀麗。あ、これお土産です」
チョコレートのたっぷりかかったエクレアを手渡すと、秀麗がはしゃいだ歓声をあげる。
この笑顔が見たくて土産を買っているのだから、惇明の嬉しさもひとしおだ。
物で餌づけをしているなんて、そんなゲフンゲフン。
「惇伯父様のお菓子、いつもおいしくて大好き!父様も静蘭も楽しみにしてるのよ」
「それはよかった。静蘭君のことですから、きっと涙を流さんばかりに可愛らしく喜んでくれていますね」
「涙は流してないけど……文句言いながらもおいしそうに食べてるわ」
「ふふふ、それは照れ隠しですよ。世に言うツンデレですね」
ツンデレ?と首を傾げた秀麗にうなずいて、惇明はさらに楽しそうに含み笑いをする。
ツンデレの意味がわからないながらも、惇明が楽しそうなのを見た秀麗も笑う。
ある意味微笑ましい空気か流れそうになったその時、ものすごく不機嫌そうな声が割って入った。
「誰のどこを見たら可愛いなんて言葉が生まれるんですか、惇明様」
「おや静蘭、心配しなくてもあなたはとても可愛らしいですよ」
「ど こ が で す か !」
視線で人が殺せるならば10人ほどは瞬殺できそうな目で静蘭が睨みつけるが、惇明はそんなものどこ吹く風だ。
「まったくもう、静蘭君は恥ずかしがり屋さんなんですから。ほら、素直にありがとうって言ってごらんなさい」
扇子で口元を隠しながら言う口調はとても優しいが、目が明らかに弧を描いている。
楽しんでいることが明らかにバレバレで、しかもそれを隠そうともしていないあたりが憎らしい。
これ以上反応しても惇明を楽しませるだけだと学習している静蘭は、それ以上相手にせずに秀麗に向かって帰宅を告げた。
「……ただ今戻りました、お嬢様」
「お帰りなさい、静蘭」
だがしかし、握り締めた拳が細かく震えている辺り、まだまだ修行は足りないらしい。
目ざとくそれを見つけた惇明は、声を出さないように笑うのに忙しかった。
「何の用で来たんですか、惇明様。お嬢様も暇じゃないんですから、早くお帰りになったらいかがです?」
「エクレアが手に入ったので、秀麗の淹れてくれたおいしい紅茶でティータイムにしようと思ったんですよ」
「ティー……ええと、お茶って意味だったかしら。伯父様のためなら、喜んで淹れるわ!」
慣れない横文字に戸惑いながら、紅茶の腕を褒められた秀麗が嬉しそうにうなずく。
そうなれば静蘭が反対できるわけもなく、悔しそうに惇明を睨むことしかできなかった。
もちろんそれが全く効かないこともわかっているので、ついでに隼雷にも睨みを飛ばしておく。
あなたの主人でしょう、しっかり手綱を握っておきなさい!
そんなもので大人しくなるような主人じゃないもんでな。
アイコンタクトでさりげなく会話を交わしつつ、静蘭も惇明の横に座る。
何だかんだ言って、この傍迷惑な来訪者の手土産は珍しくておいしいものばかりなのだ。
「今日のお菓子は最近評判の洋菓子屋のものですよ。英国人のお客さんに、穴場だと教えていただいたんです」
「本当においしいわね、伯父様。……あの、これ、高くないのかしら?」
顔をほころばせながらうなずいた秀麗は、しかしすぐに不安そうな声をあげる。
彼女の言わんとしていることをすぐに察した惇明は、その先を封じるようににっこりと笑った。
「大丈夫ですよ。さほど有名なお店じゃありませんから、そんなに高くはないんです。それに、秀麗が喜んでくれれば、私はそれが一番ですからね」
だから秀麗、おいしいと言ってくれてありがとうございます。
ゆっくりと秀麗の頭をなでて、惇明は優しく目を細める。
残ったエクレアは邵可へと伝え、軽い足取りで自宅へ向かう惇明に、隼雷が苦笑しながら声をかけた。
「お前、甘やかしてる自覚はあるんだろ?」
「女の子は甘やかされるくらいがちょうどいいんですよ。世の不条理をわかっている聡い女の子なら、なおさらね」
家の都合で一生を決められ、世のに立ちたいと願っても黙殺され。
そんな悔しい気持ちを抱えている少女を甘やかして何が悪いと笑う惇明に、隼雷も苦笑したままそれ以上何も言わなかった。
|