山手の丘の上、白い壁の洋館。
大きな屋敷の集うこの通り沿いに、それもまたひっそりとたたずんでいた。
蔦をモチーフにした門を押し開けてノッカーを叩くと、まずは品のいい若い男に出迎えられる。
「いらっしゃいませ。お約束はおありですか?」
ここでもう回れ右をして帰りたくなるようなものだが、切羽詰まった彼はそうもいかない。
金持ちの道楽かもしれない、いやしかし世間の評判はものすごいものだと自分に言い聞かせながら、ぎこちなくかぶりを振る。
そんな彼にほんの僅かに表情を動かして、男はそれではと続けた。
「当屋敷に、どのようなご用件でしょうか?」
あくまでも柔らかく問われた言葉に、彼はごくりと喉を鳴らす。
言葉を間違えてはいけないと、何故か本能的に直感した。
選ぶ言葉を間違えたら最後、この男につまみ出されるに違いない。
「……は、氾仙様のお力を借りに」
「 氾仙様の?」
今度はそれとわかるほどに小さく眉根を寄せた男が、少し考えた末に再び口を開く。
「失礼ですが、お話の詳細を伺っても?」
「 身内の恥になりますので……」
「こちらとしても、目的がはっきりしない訪問者を、そうそう軽々しくお通しするわけにもいかないのです」
申し訳なさそうに眉を下げながら、しかし男の視線は油断なく彼を見定めていた。
その目を見てごまかすことはできないと悟り、彼は深く息をつく。
「 身内に、悪霊に憑かれた者がおりまして。原因は何なのか、祓えるものなら祓っていただきたいと思います」
「それは 」
さすがの男も予想しなかった内容らしく、絶句した様子だ。
何度か口を開いては閉じるという動作をくり返し、小さく息をついてかぶりを振った。
「『氾仙』が探偵だと、ご存じでここへ?」
「もちろん。氾仙様ならどうにかしてくださると信じています」
一応といったように尋ねられて、彼は即座にうなずく。
どんな難事件でも解決できるという氾仙様。
どの医者にも見放された妻でも、氾仙様ならきっと救ってくれる。
希望に染め上げられた瞳で熱く語る彼に、男はそっと息を吐いた。
「 それでは、こちらへどうぞ」
その一言に、彼はぱっと顔を輝かせる。
しかし、広い屋敷を迷うことなく進んでいく男に先導されながら、彼は今更ながらに戦慄した。
とんでもなく場違いな感じがする。
見るからに高そうな調度品があちらこちらに無造作に置かれ、木のぬくもりを重視した内装。
彼自身が貧しいというわけではなかったが、つい自分の身なりを確認してしまう。
その間にも男はすいすいと進んでいき、両開きの大きな扉の前でその足を止めた。
「こちらでお待ちを」
静かに告げられた言葉にうなずくのとほぼ同時、ノックもしていない扉が内側から開いた。
「どうした? 客か」
「ええ」
大柄で精悍な顔立ちの男にうなずき、先導してきた男は連れ立って中に入っていく。
音もなく閉じられた扉を見ながら、彼はそわそわと落ち着きなく辺りを見回した。
足を踏み変える度にかつりかつりと鳴る足音だけが唯一の音源で、部屋の向こうの会話など聞こえもしない。
一体どんな会話がされているのかと身が擦り切れそうな不安に包まれながら、ただひたすら待ち続ける。
何時間にも思えるような時間の後、先程と同じように静かに扉が開いた。
「どうぞ」
精悍な男にうながされ、両手を握りしめて中に入る。
暖色でまとめられた部屋の中、その中央に据えられた長椅子。
案内してきた男と精悍な男、2人に守られるようにしてただ一人ゆったりと腰かけた青年は、不思議な微笑みを浮かべて彼を迎え入れた。
「ようこそ。探偵をしています、氾惇明です。本日はどのようなご依頼ですか?」
その場所だけ空気が違う青年をぽかんと見つめながら、彼はしばらく言葉を忘れてしまった。
確かに彼は、「氾仙」だった。
青年の雰囲気に圧倒されたまま、彼は心底そう感じるのだった。
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