それから2週間近くたって、ずいぶんと越前家の暮らしに慣れた。
うちの味付けとはちょっと違うご飯も素直においしいと思えるようになったし、朝起きて自分の部屋じゃない!なんて慌てることもなくなった。
鏡を見たらJ3の時の自分そのものでびっくりしたけど(まさかほんとに若返ってるとは思わなかった)
おば様や菜々子さんのお手伝いをしたり、境内を散歩したり、勉強したり。
……だってすることなくて暇なんだもん、勉強ぐらいしかやることないんだよ……!
まさか自分から進んで勉強する日がこようとは、夢にも思わなかったよ。
今日もおば様の家事のお手伝い。
と思ってたら、背後でおば様の声がした。
「あら?これ……」
「どうかしましたか?」
慌てたような様子のおば様に声をかけると、おば様は困ったようにすごいものを持ち上げた。
「リョーマったら、ラケット間違えて持って行ったみたい。ちょうどもうすぐ部活の時間だから、悪いけど持って行ってくれないかしら」
一瞬、動きが止まった。
レギュラー人に会えるのは嬉しい。
会いたい気持ちもある。
でも、やっぱり怖い。
会っていいの?
私が会って、支障はないの?
そんな思いが胸をよぎったけれど、でも。
「はい」
やっぱり、会ってみたいという欲望には勝てないわけで。
私はおば様の書いた地図を片手に、やっとこさ青学正門前に立っていたのだった。
「ええと……テニスコートは確か……」
10.5巻で見た学校の間取りを必死で思い出して、自信のない足取りで校内を進む。
記憶力の賜物か、それともありがとう野生の勘なのか、とにもかくにもテニスコートに着いて。
思いっきり引いた。
フェンスに群がる女、女、女……。
ここはアイドル養成所かよ!練習できないだろ!
それよりリョーマどこよ。
帽子帽子 。
女どもが邪魔で見えやしねえ…!(ガッデム!)
「すいません、越前リョーマはどこですか?」
仕方がないのでそこら辺にいた女の子に声をかけると、彼女はじろじろと私を睥睨して鼻を鳴らした。
「知らないわよ」
あ、馬鹿にされた。
馬鹿にされた…!(リピート)
てか今、嘘言ったでしょ。リョーマ狙いかよ。
ふんだ、もういいよ。
テニ部の人に訊くもん。
むくれて群れから離れて、レギュラー以外の人達のところに行く。
「すいませーん」
「あ?」
あ、荒井だった。
ま、いっか。
「越前リョーマ、どこですか?」
「誰だよお前」
すぱっと切り返されました、お母さん。
荒井にまでぞんざいに扱われる日がこようとは…!
「忘れ物を届けにきました、です」
むかついたけど我慢してそう言ったら(私偉い!)、まだ怪しげに見つつも、荒井は私をフェンスの中(といってもほんとに一歩内側)に入れてくれた。
「そこで待ってろ。呼んできてやるよ」
「言われなくとも」
グラウンド10周は勘弁願いたいよ。
ばりばり文科系だし。体力ないし。
しばらくぼーっとして待ってたら、おなじみの帽子がやってきた。
「リョーマ!」
ほっとして思わず大きな声をあげてから、めちゃめちゃ注目を浴びたことに気づく。
テニ部員の驚いた視線とお嬢さん方の射殺しそうな視線の両方が痛いです。
「恥ずかしいことしないでよ」
「ごめん……マジごめん」
恥ずかしいのか、仏頂面のリョーマに、こっちは赤くなって平謝りする。
「はいコレ、間違えて持ってきたんだって?そっち引き取るよ」
こうなりゃ、早いとこ用事を済ませて逃げるに限るわ。
「ああ……わざわざ持って来てくれたんだ。ありがと」
「いえいえ、お礼ならおば様に。ほら、ラケット貸して」
お貸し、と手を出した私の背後に、何故か影が落ちた。
(ん?)
おかしい。
ここには太陽光を遮るような類のものはないはずだ。
嫌な予感がしつつもそろりと振り向いて、思わず悲鳴を上げかける(必死で抑えた)
「越前、彼女は?」
データマーン!!(絶叫)
「うちに居候してるサンです」
見事に説明を省いたね、偉い偉い。
嫌だけど、一応挨拶しなきゃ駄目か……やっぱり。
「初めまして」
ぺこりと頭を下げているを見て、早く帰れと言いたくなるのをぐっとこらえた。
の行動が正しいことはわかってる。
この人がそんなに礼儀知らずじゃないってことも知ってる。
でも。
(目立ってるんだよ!しかも乾先輩にデータとられたらやっかいだろアンタ!)
乾先輩の眼鏡が光っている(ヤバイ!)
もやばいと感じたのか、乾先輩の質問を適当に流して頭を下げて、俺に向かって手を振った。
「じゃね、リョーマ」
「うん」
簡単な言葉を交わして、背を向けて歩いていくを見ていた俺は、視界の端に黄色い球体が映ってぎょっとした。
誰かノーコンが打った球が、まっすぐにに向かって飛んでいる。
俺じゃ間に合わない!
「!!」
切羽詰ったリョーマの声が聞こえて振り向いて、すぐそこまで迫ったテニスボールを見た。
顔面直撃コースだ!
「きゃあぁっ!!」
両腕で顔をかばって固く目を瞑る。
でも痛みは全然なくて、代わりにパァンという気持ちのいい音が聞こえた。
「……え?」
何が起きたかわからずにそろそろと顔をあげると、猫が笑って私を覗きこんでいた。
「大丈夫?危機イッパーツ☆」
「、平気!?」
リョーマがすごい真剣な顔して駆け寄ってくる。
ちょっと意外。
「え……あ……うん、まあ」
だけど、なんか嬉しいな。
「足ががっくがくで動けないけど」
たははと笑うと、リョーマは安心したのか呆れたのか、大きく息を吐いた(だって本当に怖かったんだヨ!)
「え、え、大丈夫!?俺のせい!?ねえ、俺のせい!?」
「英二、落ち着け。うるさいぞ」
わたわたと慌てる英二の頭に、タマゴ頭のマザー大石がぽんと手を置く。
「え、いや、君のせいじゃないから気にしないで下さい。むしろ、助けてくれてありがとう」
「ほんと?」
不安そうに訊いてくるから、ほんとほんととうなずいてみせた。
それでやっとこさ、英二が笑顔になる。
「俺、菊丸英二!よろしくねん」
「です。よろしく」
動物は好きよ☆こんな弟いたら楽しいだろうなあ。
あ、逆にウザいか?
「行くよ、」
のんびりほのぼのと英二と話してたら、いきなりリョーマがぐいっと私の腕を引っ張った。
はい、ここで問題です。
動けない状態で上半身だけ重心を前に移動させるとどうなるか。
「ちょ、待 うわあぁっ!?」
「うわっ……!」
べしゃ。
リョーマを下敷きにして倒れました!(てへ☆)
「ごっ……ごごごごめん!平気?生きてる!?」
「重い……」
当たり前じゃ!
10cmぐらいの身長差のうえに、成長期前は女の方が男より重いんだぞ!!
うんせと頑張って上半身を起こしたまではよかったけど、あいにくまだ脚が使い物にならない。
というわけで、現在の状況。
リョーマの上に私が馬乗りになってます☆(しかもちょっとヤバいとこに腰の位置がきてて、恥ずかしいことこの上ない)
「……どいてよ」
「できたらとっくにしてるってば!!」
リョーマの頬もちょっと赤い。
悲鳴を上げるように叫んだ私を、誰かが両腕の下から抱えて立たせてくれた(神様……!)
実はちょっぴり涙目状態になりつつも神様を振り返ってみたら、大魔王でした。
「大丈夫?」
「はい……」
ああ、恥ずかしい。
てか、手!!離そうよ、フジコ!(切実)
必死で脚を使えるようにして(火事場の馬鹿力ってこういうことを言うんだと実感した)、やっとの思いでフジコから離れる。
その間にリョーマの方も立ち上がっていた。
「ほんっっっとごめん!じゃ、私もう帰るから。おば様のお手伝いしなきゃだし」
「おば様」という単語に、何故かみんな反応してた……なんでやねん。
あー、このスカート、ラインが綺麗で気に入ってたんだけどなあ……(コケた時に汚れた)
洗えば綺麗になるかなあ。
ぱたぱたとスカートをはたきながら歩こうとした背中に、どさりと重い物体。
……。
「エージくーん?お姉さん帰りたいんだけどなあ?」
痛い痛い痛い!
あんたのファンの子達の視線がぐっさぐっさ刺さってるよ!
「えええ、もう帰っちゃうの?」
そんなきらきらした目で見つめないで下さい。
可愛いけどさ……。
「だ……だって、お手伝いしなきゃ」
「そうだよ、早く帰れ」
べりっと英二を剥がしながら、リョーマが早く行けと目で言ってきた。
ああリョーマ、あんたは私の気持ちをわかってくれるのね!
「じゃ!早めに帰ってきなさいよ、今日はあんたにも手伝ってもらうことがあるんだから」
「何?」
「ベッドが来たの。おじ様1人じゃ無理だから、あんたと2人で運んでねv」
そう、待望のベッドが来たのだ!
なかなか気に入ったのが見つからなくて、この前の日曜日にやっと見つけたもの。
「俺、疲れてるんだけど」
「その疲れた状態で、まだまだ元気にテニスやってること知ってるんだからね」
家のコートでばこばこと。
にやりと笑ってやると、リョーマがぐっとつまった。
その頭をぽんぽんとなでて、超ダッシュで学校を出る。
ファンの子達に殺されたくないのよ!!(必死)
「おチビ、あの子誰?」
走り去ってしまったを見つつ、菊丸がきらきらした目でリョーマに訊いた。
訊かれたリョーマはさてどうしたものかと考えつつ、多分はレギュラー陣のファンが怖かったんだよなあなどと、関係のないことを思ってみる。
「うちで居候してる人っスよ」
「、身長163cm、体重50kg程度。私服だったが大学生ではないようだし、越前との関係も不明。彼女は一体何なんだ?お前には兄弟はいないと思ったが」
マル秘データノートを広げながら、乾が越前を見下ろした。
逆行眼鏡越しの視線をまっすぐに受け止めながら、リョーマはむしろ挑むように乾を見上げる。
「俺もよく知りません。あの人にも事情はあるんでしょ」
事情=記憶喪失。
「でも、育ちは良さそうだな」
大石が彼女の言葉遣いを思い出して首を傾げる。
「そうだね。おじ様、おば様なんて言ってたし」
不二もそれに賛同してうなずく。
そして、部員の視線がリョーマに集中した。
「で、どんな関係なんだ?」
「……知りません」
「嘘だね」
コンマ1秒で不二に断定され、リョーマはここまでかと諦める(自分のことではないので、さほど必死にはなっていない)(後でが泣くこと請け合いだ)
「じゃあ、本人に訊いてみたらどうスか?」
どうせ無駄でしょうけど。
続けられた言葉に皆首を傾げたが、リョーマはそれ以上何も言わずに練習を始めてしまった。
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