「おーい、ちゃん。それ終わったら、ちょっくら頼まれ事されてくれねえか?」
「あ、はい」
お洗濯物を干していたら、ふらりとやってきたおじさんがそう言った。
普段頼み事なんてしないおじさんだから、何を頼まれるのか見当もつかない。
変なことじゃないといいなと思いつつ、空になった籠を抱えておじさんのところに行くと、木枠のラケットを渡された。
「それ、ガットが緩んじまったんだ。張り替えてきてほしいんだわ」
「……おじ様が行かなくていいんですか?」
「いーのいーの、どうせ遊びだから」
ひらひらと手をひらめかせてお金を渡されたので、とりあえず言われたとおりにお店に向かう。
……ちょっと迷ったけどさ。
方向音痴じゃないもん、断じて!
元の世界では、むしろ迷子になった子を迎えに行く方だったもん!!
お店の人に張り替えを頼んで、その間にメモに書いてあるもののお買い物。
もちろん、全部テニス用品。
は、いいんだけど。
「これ、どこにあるの……?」
メーカー指定のテニスボールがどうしても見つからず、私は途方にくれていた。
裸足でテニスやるような奴がメーカーにこだわるなよ!(ムカぷん!)
「どーこー……?」
(小声だけど)情けない声を出しながらテニスボール売り場をうろちょろしてたら、不意に礼儀正しい声がかけられた。
「お困りですか?」
声につられてくるりと振り向いたところに見えたのは、以前にも見たことのある氷帝の制服。
「侑士 っと……ごめんなさい」
思わず口をついて出た名前をのみこんで、目の前の相手をちゃんと見る。
「侑士……?」
キノコ頭は少し首を傾げたが、すぐに当初の目的を思い出したらしく、先程の問いを繰り返した。
「何かお困りですか?」
ひよだピヨだ若様だ!!(叫)
あたしゃヒヨが可愛くて可愛くて仕方ないのさ!
「下剋上だ!」とか言っちゃって、あんた自分の方が弱っちい事公言してるじゃんよ!可愛いぜコンチクショウ!
などと心の中で大絶叫していたとしても、表面上は礼儀正しく(私スゴイ!)
「テニスボールが、どこにあるかわからなくて……」
「どれですか?」
メモをひらりと見せながら情けない顔で笑うと、ヒヨが覗き込んできた。
さっとメモに目を通すと、あっという間にそれを見つけてきてくれる。
「わ、ありがとうございます!やっぱり何も知らない人間が、こういうところにきちゃ駄目ですね」
たははと笑った私に、ヒヨは意外な言葉をくれた。
「いえ、そんな事はありませんよ。どんな人でも初めは何も知らないんですから」
あんたいい子や…!(ほろり)
いい子ついでに、あれも頼まれてくれないかしら。
てか、頼まれてくれないといい加減困るんです。私が。
「ありがとうございます。 あの、ええと、忍足侑士って人、ご存知ありません?」
ここで知らないなんて言ったらお姉さん泣いてやるんだから!
目に力を入れてヒヨを見ていたら、いかにも何だこいつって顔をされました。
「……知っていますが、何か」
「私、この間忍足君にハンカチを貸してもらったんです。まだ返せてませんし、直接会ってお礼を言いたいんですけど……同じ部活、ですよね?」
だってひよ、あからさまにテニスバッグ持ってるし。
……なんか、めっちゃ怪しまれてる気がするんですけど……。
仕方ないじゃん、だって会おうと思ってメール入れても、部活が忙しいって返事ばっかで予定合わなかったんだもん!
氷帝に遊びに来いって言われても、アンタ氷帝の場所を知りませんがな!
ここでヒヨに会ったのも何かの縁、これはもう乗り込むしかないでしょ。
「 まあ、いいでしょう」
あ、ワカ様のお許しが出た。
「ごめんなさい、忙しいのに」
「いえ」
お会計の時に受け取ったラケットを見て、ヒヨはとてもびっくりしたみたいだ。
「木枠……ですか。それも、かなり古い……」
「はい。これでもちゃんと打てちゃうんだからすごいですよね」
あははと笑っていると、失礼しますと断ったヒヨにひょいとラケットを取られた。
ぎちぎち音がしてるけど、ガットの張り具合を確かめてるみたいだ。
テニスなんてやったことないから、本気でわかんないけど。
「ありがとうございました」
「あ、いえ」
それから、ヒヨの案内で氷帝へ。
元々ヒヨはそんなに口数が多い方じゃない(と思う)し、それほど親しいわけでもないので、自然言葉少なになる。
「あなたは 」
「あ、です。」
ヒヨが何かを言いかけたので、とりあえず名乗っておいた。
最低限、名前は知っていてほしいしね。
「 さんは、どこで忍足さんとお知り合いに?」
「あ、ええとですね」
……さすがにちょっと捏造しないとまずいよな。
「私、つい最近までの記憶がないんですよ。綺麗さっぱり」
「 え?」
さらりと言ったら、ヒヨが軽く目を見開いた。
「まっさらな状態で路上でぶっ倒れてたら、運良く面倒を見てくださる方々に出会って、今はそこにお世話になってるんですけど。ある日とっても不安になって、恥ずかしながら公園で泣いてたら、忍足君が声をかけてくれたんです」
9割方本当のこと。
でも、1割の嘘が混ざっている分、どうしても歯切れが悪くなる。
「記憶、が ?」
「はい。どうやら忍足君と同い年らしいって事だけは、かろうじてわかってるんですけどね」
てへへと笑うと、ヒヨは力いっぱい目を見開いた後にうなだれた。
……そんなリアクションじゃなくて、もっと普通にさらりと「へー、そうなんだー」みたいに流してほしかったんだけどなあ……。
青学のみんなみたいに、何事もなかったかのようにしてほしかった。
「そう、ですか……」
ほら。
言葉は一緒だけれど、ニュアンスが全然違う。
「 すみません」
違うよ。
そうじゃないの。
「謝らないで。私は、そんなことをしてほしくて言ったわけじゃないから」
ヒヨの腕をつかんでその顔を覗きこみ、ね?というと、ヒヨはためらいながらもうなずいた。
「はい……」
「私、変に気を使われるのって嫌なんです。ちょっとヘコむ時もありますけど、基本的に楽しいのが好きですから」
そう、暗いのは嫌。
その後は会話もぱったりとやんで、無言のままに氷帝に着いた(沈黙が痛かった)
そのまま校内に入ってしばらく行くと、ラケットでボールを打つ音が聞こえてくる。
それにしても、氷帝は広い。
無駄にでかい。
馬鹿でかい。
ここまで来るのに10分はかかってるぞオイ!
「あ、コート」
200人の部員が練習できるほど広いコート。
侑士を探すのも一苦労だ。
「ここで待っていてください」
ヒヨは丁寧に言い置いて、迷うことなく1つのコートに向かって行った。
……あ、ぴょんぴょこ跳ねてるのがいる。
あそこ、レギュラー用のコートなんだ。
ヒヨがその中の1人に近寄って何かを言うと、その人は振り向いて私に向かって手を振った。
侑士だ、とわかった瞬間、ヒヨに言われたことも忘れて走り出してた。
肩にかけてるテニスバッグ(おじさんのお古)が邪魔くさい!
「ゆーしっ!!やっほー☆」
てすりにがっしと手をかけて、飛び降りざまにタックルかましてやっても、侑士はびくともしなかった(ちくしょう!)
それどころか、がっしりと抱きとめて元気に笑ってやがる。
「やないか!久しぶりやなあ、元気しとったか?」
「私はいつも元気だよ!病気なんかほとんどしないネ!しょっちゅう身体のあちこちがおかしくなるけど」
「元気やないやん!」
間髪いれずに突っ込まれ、私の笑みがさらに深くなる。
「病院行かなきゃ健康人!」
そこまで言って笑いあうと、侑士は不意に心配そうに目を細めて私を見つめた。
「 しんどぉ、なったんか?」
「ううん。侑士のおかげで頑張ってるよ」
にぱっと笑ってかぶりを振ると、そのまま侑士の耳にささやく。
「連れてきてくれた人に、記憶喪失って言っちゃった。内緒にしといてね」
「まかしとき」
小さく笑みを含んだ声で答えて、侑士はひょいと私を降ろした。
腰つかむな、腰!太いのばれるでしょ!(ギャー!)
「何や自分、テニスやるんか?」
フェンスの向こうに落ちてる(飛び降りる時に邪魔すぎて容赦なく落とした)テニスバッグに目を留めて、侑士が不思議そうに私に目を移した。
「ううんー、あれは頼まれ物。お店であの人に会って、ここまで連れてきてもらったの」
あの人、と戸惑ったように立ってるヒヨを指す。
準レギュだから気まずいのかな?
そんなの気にするような子じゃないと思ってたんだけど…。
それとも、私の豹変振りにびっくり?
「おお。ご苦労さん、日吉」
「いえ……」
「どうもありがとうございます、日吉さん」
侑士に続いてぺこりと頭を下げると、ヒヨはいえ、と再びかぶりを振った。
さらさらの髪が、動きにあわせて静かに揺れる。
可愛い!
「日吉にはやけに丁寧やん」
「初対面の恩義ある人に、んななれなれしくできるかい」
にやりと笑った侑士にずびしと突っ込んでいると、どこまでも果てしなく高慢な声が背後から話に割り込んできた。
「おい忍足、誰だそいつは」
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