見るからに眠そうなちゃんが手塚にレギュラーを貸してほしいと頼んでいるのを聞いて、考えるより先に声が出た。
「あ、じゃあ僕が行くよ。いいでしょ?手塚」
手塚は何か渋ってたみたいだけど、とりあえずうなずかせてちゃんをうながす。
自分から言い出したくせに遠慮する彼女が可愛らしくて、思わず微笑がもれた。
そのまま歩いていこうとしたのだけど。
ふらふらして今にもどこかにぶつかるんじゃないかって心配になったから、いっそのことと抱き上げてあげた。
……あれ、案外軽い。
僕と同じくらいかな?
いや、もっと軽いか。
この身長で50キロないと、かなり痩せてると思うんだけど……。
「不二君!?」
「ふらふらしてて、見てる方が危なっかしいからね」
それに何より、みんなの反応が楽しみだし。
思った通り、フェンスの向こう側にいる人達が、ものすごい目で僕たちの方を見てる。
……楽しいなあ!
「降ろして降ろして」
ぺしぺしとちゃんが僕の胸を叩くけど、暴れて降りようとはしない。
それは彼女が相当眠いという、何よりの証拠。
「駄目。寝てていいよ、連れてってあげるから」
楽しんでいるってことはさすがにすぐにばれたけど、ちゃんが眠そうなのもそれを放っておけないのも本当だから。
「まあでも、眠いでしょ?」
「そりゃね」
ほら、やっぱり。
予想通りの返事に、寝てなよとうながす。
彼女はそれでもしばらく苦悩していたみたいだけど、最終的にはふてくされたように呟いた。
「重くても文句言わないでよ」
なかなか可愛くないことを言って、それでも素直に眠ったちゃんを見下ろす。
いつもよりも幼く見える表情が可愛らしくて、つい頭をなでたくなった。
でも、両手がふさがっていて、それはできない。
仕方がないから、子供にするように、額に軽くキスを贈った。
「おやすみ」
途端にフェンスの向こうから巻き起こる、ものすごい勢いの悲鳴。
……うるさいなあ。
起きちゃうじゃないか。
「……何かあったの?」
「いや、別に?」
ああ、やっぱり起きちゃったね。
ごめん、ちゃん。
フェンスの向こうを睨んでいた目を優しいそれに戻して、安心させるように笑う。
しばらく不思議そうに小さく首を傾げていたちゃんは、まあいいかというようにまた目を閉じた。
腕にかかる重さが増して、彼女が完全に眠ったことがわかる。
「……寝ちゃった?」
「うん。静かにね、英二」
近づいてきてそっと覗きこんだ英二に小声で言って、フェンスを開けてもらう。
群がっていた女の子達が、ざわめきながらも2つに割れて道を開ける。
さながらモーゼの十戒みたいだと思いながらその中を進んでいた僕は、耳に入った微かなささやきに足を止めた。
「何よあの子……」
「 むかつく……」
「いい気になって 」
……ふうん……。
そういう風にしか見られないんだ、君達は。
そんなつまらないことで、ちゃんをいじめようとするんだ?
「言っておくけど」
そんなくだらないことに、彼女を巻き込まないで。
「彼女は僕達の大切な仲間だからね。馬鹿な真似をしようとしたら 」
ただでさえ、危うい場所に立っている彼女を。
「 許さないよ。僕達全員、ね」
これ以上追いつめないで。
一番恐怖を与えられると自負している表情で周囲を見回すと、何人もが素速く目をそらした。
その子達の顔をしっかりと覚えて、再び部室へと歩きだした。
ドアを閉めてカーテンもきっちりと閉め、ちゃんをそっとベンチに寝かせる。
すると寝心地が悪いのか、ほんの少し眉根を寄せて身じろぎをした。
その様子がむずがる子供のようで、思わず小さく笑みがこぼれる。
そっと頭を持ち上げて膝枕をすると、微かに笑みを浮かべてすり寄ってきた。
……本当に、小さい子供みたいだ。
だから放っておけないんだよね、この子は。
「……いい夢を」
呟いて、そっと髪をなでた。
その頃。
テニスコートで千石がリョーマのボールをくらってのびているなんて、部室で緩やかな時間を過ごしている2人は知らないのだった。
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