「さて。ハウル君、私達が今早急にやらなければならないことは?」
「……戦争を終わらせる?」
「その通り」
色ボケした頭でもそれは覚えていたかと安堵しつつ、はくるりと人差し指を丸く動かす。
「そのためには、外堀を埋めていかなきゃね。 ソフィー、カブはいる?」
「カブ?え、ええ、外にいると思うけど……」
いきなり名前を呼ばれたソフィーは、洗濯物をたたむ手を止めて首を傾げた。
カブに何の用があるのかという視線を受けて、がにっこりと笑う。
「カブの魔法、まずは解かなくちゃね」
そう、ただいたずらに時を過ごしていたと思うことなかれ。
カブを観察し、魔力の流れを見極め、結び目とそれを解く方法を考えていたのだ。
ハウルが「複雑な魔法」と言うだけあって、結び目は巧妙に隠されてはいたが。
「所詮『愛する人のキスで解ける』なんて陳腐な魔法、無効化する方法が見つからないはずがないじゃない」
と、いうわけで。
自信満々なが何かを千切るような仕草をした瞬間、カブを中心に激しい風が巻き起こった。
反射的に目をすがめるソフィー達の前で、案山子が見る間に人になっていく。
そして。
「……驚いた。まさか、この呪いを解ける人がいるなんて」
「解ける人を見つけるのは簡単でしょうに。力任せに解くのが難しいだけでしょ?」
ようやっと話せるようになった王子に笑い、はおざなりに手をひらひらとさせた。
「早く帰って、馬鹿な父親を黙らせなさいな。サリマンの方は私が黙らせるから」
どうせ開戦の一因にはこの王子の失踪も絡んでいるのだろうと思いながらそう言うと、王子も苦笑してうなずく。
本気で怒ったの恐ろしさをすぐそばで見てきた彼ならば、きっと死に物狂いで王を止めてくれるだろう。
これで国のことはなんとかなりそうだと一人うなずき、は荒れ地の魔女に考えを巡らせた。
そう言えばハウルからは一度も話を聞いたことがないけれど、果たして彼女は存在するのだろうか。
いてもなんら不思議ではないのだが 。
「ハウル。誰かに心臓を狙われているってことは?」
「心臓?僕の?」
一応訊いてみると、ありえないというように一笑された。
どうやら、荒れ地の魔女はいないらしい。
何とも不可思議な世界だと首を傾げつつ、どうかしたのかと心配そうに眉根を寄せるハウルに手を振る。
「と、なると……サリマンさえどうにかすれば何とかなるね」
にやりと笑ったの表情に、マイケルがぶるりと震えたとか震えなかったとか。
そしてそんなに、ハウルがさすが僕の大切な人だ!とはしゃいだ声をあげたとか。
馬鹿だこいつ。
さて、そんなハウルは置いておいて、そうと決まればとは早速行動を開始した。
面倒だからと王子をそのまま自国に送り届け、その足で王への謁見をごり押しする。
大切な人達が戦場で散っていくのが耐えられないと涙ながらに訴え、このまま戦争を続けた場合の年間の国庫支出をざっと計算して提示し、武力が拮抗している今の状態では数年に渡り長引くだろうと忠告し。
ネゴシエーターも兼ねた軍師を甘くみるなと言わんばかりの鮮やかな手腕で、あっという間に王を言いくるめてしまった。
愛息子の恩人というアドバンテージがあったにしろ、正にあっぱれだ。
王子の口添えなど、はっきり言ってほぼ必要なかった。
停戦の言質を取るや否や、ちゃっかり署名までさせるあたり、彼女の経験が透けて見える。
「じゃあ、そういうことで。あちらの国からも停戦の合意をもぎ取ってきますので、しばしお待ちを」
にっこり笑ってさりげなく恐ろしいことを宣言したに、王子は無言で苦笑した。
王直筆の休戦合意書(むしろ同盟提議書)を引っ提げてとんぼ返りをしたは、ソフィーと絶賛舌戦中のサリマンにそれを突きつける。
時間稼ぎとサリマンの相手をしてくれていたソフィーに内心激しく感謝をしつつ、彼女を見た瞬間に顔を引きつらせたサリマンににっこりと笑いかけた。
「サリマン。私の出した宿題、答えは出たかしら?」
「……何を、しに来たのです」
「休戦を提案しに。またの名を、同盟の提案をしに」
まさか他国のスパイだったのかと言わんばかりの目で見られたは、
「はっ」
鼻 で 笑 っ た 。
「私が国家なんかの下につくはずがないでしょう?いいからさっさとサインなさい。いたずらに国力を疲弊して、国そのものを失いたいの?」
暗にその地位を失ってもいいのかとほのめかすと、サリマンはためらいながらも提議書にサインをする。
その尻を叩くようにして国王への伝達を行わせ、は実に晴れやかな笑顔で振り向いた。
「さ、帰ろっか」
「……、すごいわ!!」
あまりにもあっけない幕切れに、ソフィーが熱の籠った目でを見つめる。
そんな彼女に苦笑して、はふと顔を曇らせた。
「……ソフィーの呪いも解かなきゃね。それ、誰にやられたの?」
「さん、気づいてたんですか!?」
「いや、普通気づくから」
どんどん若々しく魅力的になっていくソフィーを見ていれば、誰でも不自然だと思うだろう。
驚いた声をあげるマイケルに半眼で突っ込んだは、しかしソフィーの返事に目を見開いた。
「荒れ地の魔女よ。あのおばさん、今度会ったら絶対にぶっ飛ばしてやるんだから!!」
「……荒れ地の魔女?」
てっきりいないと思っていたが、まさかここまで齟齬があるとは。
どうなっているのかと何度目かわからない思考に沈んだは、しかし割とあっさりと見切りをつけた。
「ま、いっか」
ハウルも狙われていないし、ソフィーの呪いさえ解けば問題ないだろう。
ならば、荒れ地の魔女は放置だ、放置。
「そ、それより、ソフィーの呪いは解けるんですか!?」
何故かものすごく意気込むマイケルにうなずいて、ただしとの眉根が寄る。
一気に不安げな表情になったマイケルに、は重々しく告げた。
「完全に元に戻るかは、ちょっと自信がないけど」
「どうして!!」
「いや、私ができるのは、あくまでも『魔法をほどく』ことだからさ。ソフィーがそれから『精神的に』負ったものによる変化は、いくらなんでも治せないよ」
つまり、「呪いをかけられる前と同じ状態には戻せない」というわけだ。
それに気づいたソフィーが、目に涙を浮かべながらに抱きつく。
「ありがとう!ありがとう、!」
「時間がかかってごめんね、ソフィー」
元に戻ったソフィーを見てハウルとマイケルが死ぬほど驚いたり、それにソフィーがへそを曲げたり。
いつもと変わらない彼らを見ながら、はそっと笑みをこぼした。
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