時々ふらりといなくなるハウルを、ソフィーもマイケルも心配しているようだ。
黒い扉の向こうに姿を消すハウルが、そのまま戻ってこないように思えるのかもしれない。


結界を張って息をひそめるその先で、扉が重い音を立てて開く。
ずるりずるりと身体を引きずって入ってきたハウルは、人としての姿を保てていなかった。


「もうやめろよ……ハウル。元に戻れなくなっちゃうよう」
   酷い戦争だった……」


心配そうな声を上げるカルシファーを無視するように、ハウルがぽつりと呟く。
その言葉の裏から、戦争は怖いという悲鳴が聞こえてきそうだった。
の目が伏せられて、何かを思い出すように瞼に力がこもる。


   ハウルの言葉は、そのまま力ない仲間達のものだった。


怖い、怖い、怖い、嫌だ、どうにもならない。
あれだけの魔力とそれを制御する力を持ちながらそう言うハウルが、とても   切なかった。

静かに階段を上がっていくハウルの足音を聞きながら、は固く手を握りしめる。


「……カルシファー」
「へ!?!?」


いつからそこにと驚くカルシファーを無視して、うなるように宣言した。


「ハウルの時間を戻すよ。あのままじゃ、あと数回飛んだらもう戻れない」
「時間を戻す   ?どういうことだい、


首を傾げた火の悪魔に微笑し、がささやく。




「蝕まれた身体を、元に戻す。還元されずに体内に蓄積してしまった魔力の残滓を、ハウルから出してしまえばいい」




そうすれば、ハウルは契約を結んだ直後の状態に戻る。
積み重ねた経験はそのまま、ペナルティーだけが消え失せる。

それでひとまずは大丈夫だと微笑むに、しかしカルシファーはだまされてくれなかった。


「出した魔力はどこにいくんだい?おいらの欠片は、大地に還ったりしないよ」
「……うん、そうだね」
「ハウルの身体から追い出して、どこにも還れなくて   の身体に移るだけじゃ、ないのかい?」


不安げに揺れる声で訊いたカルシファーに   の返事はなかった。
それが何よりの肯定。


、やめろよ!おいらの欠片はそんなに甘くないよ!!」
「うん   大丈夫」
「大丈夫じゃないよ!!」


悲鳴を上げたカルシファーに軽く手を振って、は小さく首を傾げる。


「大丈夫。じゃじゃ馬馴らしは慣れてるし、時間をかけて浄化すればいいだけだもの」


私、時間だけはたっぷりあるから。


……」
「ハウルのところに行ってくるね」


泣きそうなカルシファーに一つ手を振り、は軽い足取りで2階に上る。
ハウルの部屋をノックしても、案の定返事は返ってこなかった。
疲れ果てて、泥のように眠っているのだろう。

構わずに中に入ってハウルの様子を見ると、頬についた煤も落とさずにベッドに倒れこんでいる。
魔力の浸蝕と共に、疲労も蓄積しているようだ。


   ラピス」


そっとささやいて、はハウルの胸の上に手をかざす。
彼女の胸元が光るのと同時に、その手元に淡い光がともった。
それに誘われるように、ハウルの胸元から赤黒い霧のようなものがわき出てくる。


光と霧は混ざり合い、溶け合い   


再び分かれた光はハウルへ、霧はへ吸いこまれた。




「………っ!!」




途端にかかる身体への負荷に、の身体が二つに折れる。

内蔵が焼き切れそうな痛みと、筋肉がかき混ぜられて引きちぎられるような痛み。
のたうち回りたくなるのを必死にこらえて、ハウルの寝顔が安らかなそれになったことを確認する。


「こんなに酷かったなんて……」


徐々に蝕まれる身体は、それ自体に慣れきってしまっていたのだろう。
だからこそ魔法使いは魔力に驕り、変身しては自我を失うのだから。

知らぬ間に失われる人としての性。
気づいた時には   もう遅い。


「手を打ってよかった……」


この様子では、数回どころか次でも危なかったかもしれない。
予想外に深刻だったハウルの容体に、思わず言葉がこぼれ落ちた。

痛む身体を引きずって部屋に戻りながら、全部引き受けたのは早計だったかもしれないと、少しだけ後悔する。

……私、明日から普通に生活できるかな……。
次にハウルが飛ぶ時には、何がなんでもついていこうと思っていたけれど   無理かもしれない。
本気で。


「……ラピス、しばらく眠ってもいいかなあ?」


眠ってもいいなら、回復力も格段に上昇する。
この程度の異物なら、2〜3日もあれば充分だろう。


こっそりと半身に弱音を吐いて、半身が大切な紋章はあっさりと肯定し。




   酷いや、!!」




『3日くらいで起きるから、それまでハウルの飛行は死ぬ気で止めといてね、カルシファー!』


そんな書き置きをひらりと送りつけ、はいそいそと回復の眠りについたのだった。