騒がしい気配にが意識を浮上させると、泣き出しそうなカルシファーの悲鳴が耳を突き刺した。
「ああもう、!!早く起きてくれよおおおおおおう!!」
「……うるさい」
起き抜けの身体には、この悲鳴はかなりきた。
不機嫌に目を細めてのっそりと起き上がり、がりがりと頭をかく。
しばらくそのままで意識を完全に覚醒させ、はようやくベッドから降りた。
「もう夜中じゃない、なのに起きろとはこれいかに」
はっきりと顔を出している月にねえ、と同意を求めつつ、静かに階段を下りていく。
半分ほど下ったところで、仁王立ちをしているハウルの横顔が見えた。
「カルシファー、扉を開けるんだ」
「嫌だ!」
「何度言ったらわかるんだ、もう4日じゃないか」
「嫌だったら嫌だ!こればっかりは聞けないぞ!!」
「 カルシファー」
静かな静かなハウルの声に、カルシファーがびくりと震えた。
可哀相なほどに怯えながら、それでもカルシファーは扉を開けようとはしない。
どうやら、ちゃんとの書き置きを守ってくれているようだ。
「 ありがとう、カルシファー」
大人気ないハウルにやれやれとため息をつきつつ、は今にも魔法をぶっ放しそうな背中に声を投げた。
途端に勢いよく振り向いたハウルにひらりと手を振り、そのまま階段を下りきる。
「!!」
「ちゃんと書き置き通りにしててくれたんだね、カルシファー」
ほっとした表情になったカルシファーが、情けない声でを呼んだ。
助かったと思っているのがありありとわかる。
「書き置き……?どういうことだい、」
同じく目が覚めてよかったと微笑んだハウルは、しかしすぐに表情を引きしめた。
そんな彼の横を通りすぎて、はパンにバターを乗せる。
「カルシファー、ちょっと焼いてもらっていい?」
「あいよ!」
「 !」
無視された形になったハウルが、じれたように声を荒げた。
カルシファーといいハウルといい、今が夜だということを忘れているのだろうか。
マイケルなんてもう寝ているだろうと呆れつつ、視線はパンに固定したままで口を開く。
「君が心配だからだよ、ハウル。かなり危ない状態だったって、実は気づいてないでしょう?」
「……それなりに危なかったとはわかっているさ。、君が何かしたのか?」
身体が妙に軽いと呟いたハウルに、カルシファーが声を張り上げた。
「がハウルの代償を、そっくり肩代わりしてくれたんだよ!」
できれば隠しておきたかったことをぺろりと言われ、の動きがぎしりと止まった。
この馬鹿は、どうして黙っているという選択肢を選ばなかったのだろうか。
僕悪魔、嘘つけなーい。
そんなキャッチフレーズがの頭をよぎる。
一発殴ってやりたい、でもこいつ形ない。
どうしてくれようと拳を握りつつ、仕方がないのでハウルを見やる。
大きく目を見開いた彼に肩をすくめて、ばつの悪さをごまかすように苦笑した。
「 まあ、そういうこと。今まですこんと眠ってたのも、それを浄化するためだよ」
「何てことを !!」
「大丈夫、もう浄化しきったから」
安息の主なめんな。
寝てる時の回復力なんて、そりゃもう尋常じゃないぜ。
ずいぶん長い時間を共にして、馴染むと共に(自身に対する)効力も格段に上がった。
そんな紋章の前では、あんな呪いもどきぐらいなんのその。
青ざめたハウルに軽く笑ったは、燃え尽きそうなカルシファーに薪を投げてやる。
実は結構危なかったカルシファー、大喜びでそれに飛びついた。
「ハウル、これからは飛ぶ時には私を連れて行くこと。その条件を呑まなきゃ、このドアは開けてあげられない」
「 君か、」
「もちろん。強制はしなかったけど、ね」
ハウルとが静かに向かい合う。
無言で対峙していた彼らは、けれどハウルが目をそらしたことで元に戻った。
「OK?ハウル」
「……わかったよ。何があっても、僕は責任をとらないからな」
「あら。ハウルに守ってもらうほど弱くないよ、私は」
むしろ守る気満々で笑い飛ばし、がすいと扉を示す。
「と、いうわけで。行く?」
「 もちろん」
一瞬呆気にとられたハウルは、しかしすぐに力強くうなずいた。
この4日間、戦況がどうなっているのか全くわからなかった。
じりじりとただ待っているだけの焦燥感は、もうたくさんだ。
「うん。 カルシファー、ドアを開けて」
「……もう、いいのかい?」
「うん。私が起きたからね、問題ないよ」
ゆったりと微笑んで扉に向かって歩きながら、が不安げなカルシファーにうなずく。
そんな彼女の後に続きながら、ハウルは鳥型に姿を変えようとした。
が。
「必要ないよ、ハウル」
涼やかな声と共に、目の前が白く染まる。
ふわりとした感触に包まれて、数瞬後にようやくそれが翼だと気づく。
「、これは !?」
「魔法じゃないよ、安心して。私は何の代償も 少なくとも、自我を奪われるような代償は、何も払っていない」
その代わりに失ったものはあるけれど。
声には出さずにこっそり思い、はハウルに手を差し伸べる。
「つかまって。1人くらいなら、一緒に飛ぶのはどうってことない」
「……まさか、このために?」
「もちろん?」
ハウルがその身を削らなくとも、さえ共にいれば、安全に飛ぶことができる。
だからこそ彼女は、カルシファーにわざわざ足止めを頼んだのだ。
ようやくそれを知ったハウルは、何故か泣きたくなるのをこらえ、震える手で細い手を取った。
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