飛び立った先は、果てしない闇。
鉄さびた臭いを感じながら、はまっすぐに飛んで行く。
「ここはまだ大丈夫だね。ほら、星が見える」
「そうだね……」
「 まあもっとも、あそこまでいくと違うみたいだけど……」
地平線の付近で赤く染まる大地を見据えて、は小さく目を細めた。
大地が悲鳴をあげている。
戦争の度に聞こえるそれは、耳をふさぎたくなるほど悲痛だ。
どうして、どうして、みんな気づかないの !!
こんなにも痛々しい悲鳴なのに!!
泣きたくなるのをこらえて、は眼差しを強くした。
「、西に行ってくれないか」
「西?別にいいけど 」
「……ソフィーの街が、あるはずなんだ」
言いにくそうにつけ加えたハウルに、は思わず笑顔になる。
ソフィーが老婆ではないということには気づいているようだ。
わざわざ様子を見に行くなんて、本当にソフィーが好きなんだなあ。
「うん。行こうか」
「 ありがとう」
ばさりばさりと数度羽ばたいて、はスピードを上げる。
爆弾を落とす戦艦隊をかいくぐり、熱と共に襲いくる上昇気流に逆らい。
戦火から遠ざかるように進んだそこは、穏やかに明かりが灯る、平和な世界だった。
「よかったね、ハウル」
「ああ」
「ここはまだ、大丈夫」
「……時間の問題かもしれないけれど、ね」
苦い顔で笑ったハウルは、東を振り返る。
2人のいるここからは、燃え盛る街並みがいくつも見えた。
徐々にこちらへ侵攻して来ているように見えるそれは、近いうちにかならずここも戦場へと変えるだろう。
「戦争で苦しむのは、いつだって普通の人なんだ」
ぽつりと呟いたハウルは、小さく声を震わせながら目を細める。
「戦争は嫌いだ」
「好きなのは、権力や富をほしがる権力者だけだろうね」
彼の呟きに静かな声で答えたは、さらに高みへと舞い上がる。
煙や火の臭いすら届かなくなったそこで、はまなじりをきつくした。
「守るもののある戦争は、切ない。だけど、守るもののない戦争は、愚かなだけだ」
不意に呟かれた言葉に、ハウルが思わず横を見た。
その先では険しい表情をしていた。
何かを知る者の重さを感じさせる言葉は、がすでにそれを経験して来たことの証だろう。
「は 戦争を、したことがあるのかい?」
「何回か、ね。誰もが否応なしに巻き込まれた、そんな戦争だったよ」
「 も?」
「私は……どうだろう。自分から突っ込んで行った気もするな」
あの時はただ、必死だったから。
誰も失いたくなかったから。
自分の意思で巻き込まれていった、それは確かだ。
「怖くなかったのかい?」
「怖かった」
おそるおそる訊いたハウルに、は意外なほどの早さで即答した。
「怖かったよ、すごく」
「じゃあ、どうして ?」
「守りたいものがあったから」
きっぱりと答えて、は少しだけ目を和らげる。
その先にあるのは、ここにはいない仲間達だ。
「絶対に譲れなかった。誰か一人でも、欠けるのは許せなかった。何より最初は、取り戻したいものもあったしね」
真っ赤に染まる街にちらりと視線をやって、はおもむろにそちらへと向かい始めた。
ぎょっとしたハウルが抵抗しようとするが、もちろんがそれを聞くはずもない。
「、どうして!」
「妙なものがいる。あれは、そのままにしちゃいけない」
兵器でもない、人でもない、何かとても歪んだものがいる。
顔を強張らせたハウルに気づきながらも、は問答無用で飛び続けた。
その様子からして、あれは十中八九魔法使いなのだろう。
けれど、もう人の性を忘れてしまった魔法使いならば、なおさら見過ごしてはおけない。
「行くよ。怖かったら目を瞑ってて」
「怖くなんか !」
「怖いでしょ。私もそう、ものすごく怖かった」
何でもないことのようなさらりと流し、はじっと戦火を見つめる。
炎を映した黒い瞳が、ちらちらと不思議な色に燃えていた。
「怖くていいんじゃないかと、私なんかは思うけどね。怖くなくなったら、それはもう半分人ではないんじゃないかなあ」
恐怖よりも先に、使命感や危機感が勝ることもある。
けれど、ふとした瞬間に恐怖を覚えないことなんて、ないのではないだろうか。
少なくともは、それに慣れきってはいけないと思っていた。
「 見つけた。人としての性を、完全に失ってるね」
はっきりと見えてきた、魔法使いの成れの果て。
苦々しく呟き、はさらに速度を上げた。
誰も気づかない遥か高みから音もなく近づき、右手を高く掲げる。
「 火炎陣」
低い呟きと同時に、その甲が複雑に明滅した。
一瞬の間の後、羽虫のように飛び交っていた魔法使い「だったもの」に爆発的な力が襲いかかる。
なす術もなく翻弄され、焼き切られ、焦げ尽くされ。
静かになったその後には、空が黒くなるほどいたそれらは、綺麗さっぱり消え去っていた。
あまりにも圧倒的な力と有様に、ハウルが大きく目を見開いたままあえぐように声を絞り出す。
「…………、今、のは……」
「私の子供達の力。初源に基づく、自然の力」
魔法とは少し違うと小さな声で言ったは、追尾されないようにものすごいスピードでその場を去りながら、ハウルに青い石を渡した。
「これは……?」
「青金石。瑠璃とも言うね。今度から、飛ぶ時にはこれを使うといいよ」
魔力がこもっているから、ハウルが無理をしなくてもいい。
どこまでも自分のことを考えてくれている。
付け加えられた一言にそれを痛感し、ハウルはこみあげてくるものを耐えようと、ぎゅうと目を瞑った。
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