いつものように朝食を準備していたに、沈んだ様子でハウルが声をかけた。
「……」
「おはよう、ハウル。スクランブルエッグは固めがいい?」
「国王から徴兵命令がきた」
「……おやまあ」
ついに来たかと思いつつ、ついにソフィーの出番だとは胸を踊らせる。
きっと、色々なものを引っ提げて帰ってくるだろう。
早く犬を見たいと心踊らせていると、ハウルが子供のように両手を顔の前で合わせた。
「ん?」
「、頼むよ!僕の代わりに王宮に行って、断ってきてくれないかな」
「……えええええ?」
なんだなんだ、この展開。
ここはソフィーに頼むところだろう、ハウル!
どうして自分なのかと訝しむに、ハウルが情けなく眉を下げる。
「サリマン先生……僕の先生は、すごい力を持った魔法使いなんだ。下手に行くと、強制的に従わせられるかもしれない」
「……だから、私が身代わりになれと?」
「違う!」
の言葉に慌ててかぶりを振ったハウルは、彼女の手をぎゅうと握りしめた。
「もちろん、が危なくなったら、僕が助ける。ならきっと、先生の雰囲気に飲まれないと思うんだ」
真剣な表情で言うハウルを、は首を傾げながらじっと見上げる。
そもそも、何の関係もない自分が行ったところで、サリマンは大人しく会ってくれるだろうか。
ソフィーの時は母親と言う触れこみで入りこんだのだし、肉親でなければ難しい気がする。
しかし、ハウルも必死だ。
「王宮には僕から連絡しておく。頼むよ!」
「……わかった」
何かがねじれてきているのを感じながらも、その熱意に押されてはうなずいた。
キングズベリーまで送ろうかと申し出るハウルの誘いを丁重に断り、女性らしさや甘さなど一切ない漆黒の戦闘服に身を包む。
身支度を整えて玄関に立つを、ソフィーが不安げに見上げた。
「……せめて、ドレスの方がいいんじゃない?」
「これが私の正装だから、別に大丈夫だと思うよ」
「でも……」
「ドレスなんて着慣れてないから、かえってちぐはぐな印象になっちゃうんじゃないかなあ。私は大丈夫だよ、ソフィー」
ソフィーを安心させるためににっこりと微笑むと、両手を握り合わせて立っている彼女の背中をマイケルがさする。
仲のいい祖母と孫のような2人に顔をほころばせて、はするりと城を出た。
自分の事は一体どういう風に伝わっているのかと思ったが、どうやら同居人ということになっているらしい。
間違ってはいないのだが、何だか違和感を覚えるのは何故だろう。
大人しく魔力を無に還す間で椅子に座りつつ、くるくると回り出した星を眺める。
目は一体どこにあるのだろう。
星のくせに五芒星をしていないなんて、子供の夢を壊しているぞ。
魔力をとられる心配もないから、の内心は呑気なものだ。
そうこうしているうちに星の方が息切れを起こし始め、飽きて寝息をたてているの側で、ぺしゃりと地面に戻っていった。
「 貴女は一体、何者ですか」
「ん?ああ、終わったんですか。初めまして、サリマン先生」
固い声に起こされたが伸びをしながら見上げた先には、車椅子に座ったこの国の魔法使いを束ねる存在。
金髪おかっぱの小姓を従えているその様子は、ショタコンに見えなくもない。
「私は紋章の使い手ですよ、魔女殿。あの仕掛けは無意味でしたね」
穏やかに微笑んで余裕の発言をしたに、サリマンがくっと目を見開いた。
いつも余裕を失わない彼女にしては、ひどく珍しい光景だ。
そんな彼女に、は小さく目を細めた。
「 ねえ、貴女に聞きたいの」
優しい笑顔のまま、の声だけが深くなる。
「この戦争は何のために行っているの?国民の平和のため?国民がさらに豊かに暮らせるように?それとも、少しでもひもじい思いをする人がいなくなるように?何か大切なものを取り返すために?」
ゆっくりと紡がれる言葉に、サリマンは口を開けたり閉じたりするだけで、一言も答えられない。
魔法で言葉を封じられているわけではないのに、答えるべきものが見つからなかった。
いくら戦争をしようとも、目に見える範囲では被害などなかった。
王がしたがるから、多少のおいたは目を瞑ろうという心持ちだった。
特に理由もなく宣戦布告をし、あるいはされ、勝てば賠償金や領土が手に入る。
その繰り返しだった。
けれどそれを、目の前の少女に言ってはいけない気がする。
自分の何分の一も生きていないはずの彼女に、何故こんなに気圧されるのだろうか。
言葉どころか動くことすらもできないサリマンに、はがっかりしたように眉根を寄せた。
国一番の魔法使いだというからどんな存在かと思っていたのに、所詮はこの程度か。
「信念のない戦争なんておやめなさい。結局苦しみにあえぐのは下々の民草、貴女はもうその気持ちを感じる力を失くしたようだ」
民を思えない権力者、それは 。
「この王宮しか爆撃を防いでいないこと、それが何よりの証。そんな人間、上に立つのもおこがましい。人として失格ですよ、サリマン」
ぴしゃりと断言されたサリマンは、さらに言葉を失う。
「そんな馬鹿げた戦争に、ハウルまで巻きこまないでください。あの子は今、人としての心を取り戻しかけているんですから」
「ま 魔法使いは、例外なく……」
「そんなもの、知ったことですか。貴女自身もわかっているはず、この戦争が馬鹿馬鹿しいと」
かろうじて声を絞り出したサリマンを遮り、は彼女を睥睨する。
魔法使いとは、一部の者のために存在するのではない。
民草全てに等しくあれ。
その教えはどこにいったのだろうか。
やるせない気持ちになりながら、は小さくため息をついた。
|