ハウルに抱き抱えられるように帰る間、は一言も話すことができなかった。
あの目はどういう意味なんだろう。
ソフィーは一体どうしているんだろう。
ハウルが私のところに来てしまって、切ない思いをしていないだろうか。
ああ、早く帰らなければ。
還らなければ。
でなければ、とても歪んだ方向に走ってしまう予感がする 。
そんなことをぐるぐると考えていると、「?」とハウルの優しい声が彼女の耳元で聞こえた。
弾かれるように顔をあげたに、ハウルがとろけるような微笑を向ける。
「疲れたかい?雨は防いでいるけど、空気は冷たいからね……具合でも悪くなった?」
「う……ううん、大丈夫。ハウルは寒くない?」
ついつい訊き返すと、ハウルは一層幸せそうに笑った。
「僕は大丈夫さ。がいるから、暖かい」
「…………そう」
恥 ず か し い 。
なんだこの恥ずかしい男。
天然王子かお前は。
にこにこと笑うハウルをじとりと見上げ、はこっそりと重苦しいため息をついた。
これは今までにいないタイプだ。
腹黒ならば、掃いて捨てるほどいたが。
いっそのこと確信犯ならば、どんなに気が楽だったことか。
「……ラピス、私はどうしたらいい?」
ひっそりと呟いたはずなのに、風にまぎれて消えるはずのそれを、ハウルはしっかりと聞き取ったようだった。
ぴくりと反応した顔が、見る間に表情をなくしていく。
それを見ることはなかったが、も肩に置かれた手の力で異変を感じ取った。
「 ハウル?」
強張って強くなっていく掌に、一体どうしたのかと隣を仰ぎ見る。
見て、小さく息を飲んだ。
冥く燃えた目で射抜かれて、動けなくなってしまう。
「 。誰のこと?」
「……え?」
「ラピスって、一体誰だい?」
肩をつかむ手がどんどん力を増していく。
制御しきれない魔力が、辺りに渦巻いて暴走を始めていた。
これはいけないと顔色を変えたが、慌ててハウルの頬に手を添える。
「ハウル、落ち着いて」
「僕はいつでも冷静だよ」
「どこが冷静だ、どこが!!」
落ち着いているようでちっとも落ち着いていないハウルをがすりと殴り、今度はが彼を抱えて飛び始めた。
「魔力を抑えなさい、ハウル。今の君じゃあ危なくて任せられない」
「、」
「ラピスは私の半身。私の生きる源。私の還るべき場所」
何かを言おうとしたハウルを遮って、は一息に言い切る。
途端に息を飲んだハウルに首を傾げつつ、彼の胸元に下がっているペンダントを指し示した。
「その青金石。こめてあるのは、ラピスの力だよ。私が振るっているのも、ラピスの力」
全ての諸元たるその力は、だからこそ強大で畏るべきもの。
魔王になると恐れられたハウルの力を浄化できたのも、彼がいたからこそだった。
「これに 彼の、力が?」
「おや、よくラピスが男性性を持ってるってわかったね」
「 え?」
のんびりと言ったに、今度はハウルが目を見開いた。
男性性という言い方は、まるでラピスという人物が性別を持っていないかのようだ。
少なくとも、男性ではないような。
ならば、半身という表現はどういう意味だ?
「ラピスとは……何、だい?」
改めて訊き直したハウルに、は柔らかく微笑んだ。
心からの愛しさをこめて、彼女はそっとささやく。
「 私に、命を与えてくれた存在。世界の理を司る、真の紋章だよ」
「 は」
紋章。
紋章。
それはあれだろうか、家紋などの紋章だろうか。
それならば、「真」とつくのは何故だろうか。
理解の許容範囲を超えてしまったハウルは、短く息を吐いたきり、何も言えなくなってしまった。
そんな彼に、が小さく苦笑する。
「……帰ったら、見せてあげるよ」
「見せて ?」
「真の紋章が、どんなものなのか。きっと君なら、見ればわかる」
それきり何も言わずに飛ぶことに集中してしまったに、ハウルも不完全燃焼ながらも黙りこんだ。
「ただいまー」
「ハウル!!!」
「よかった……あんまり帰りが遅いから、何かあったのかと思ったんですよ!」
ふわりとベランダに舞い降りたに、ソフィーが力一杯タックルをかます。
ハウルの方にはマイケルが抱き付いていて、仲のいいことだとが目を細めた。
ハウルの顔が多少引きつっているのは、きっと力一杯締めつけられているからだろう。
せいぜい苦しむがいいと内心で舌を出しつつ、ずいぶんと若々しくなったソフィーの肩をなでる。
「何もなかったよ。あえていうなら、サリマンにお灸をすえてきたかな?」
「え……?」
その場にいたハウルならばともかく、ソフィーにはの言葉の意味がさっぱりだ。
戸惑った声を上げるソフィーに軽く笑い声を上げて、気にしないでとが手を振った。
「とにかく、ソフィーが心配するようなことは何もなかったよ!」
「 よかった……」
そんなの様子に気の抜けたような声で呟いて、ソフィーがへなへなと崩れ落ちる。
慌てて支えるに、マイケルが恨めしそうな声をあげた。
「ソフィー、ずっとのこと心配してたんですよ。ハウルさんがサリマンが国一番の魔法使いだって言うから」
「あれで国一番、ねえ……」
確かに魔力は強かったが、心得がなっていない。
己のために力を振るう者に、が負けるはずがなかった。
あんな魔女が国一番なら、この国は終わってるなと思いながらうなずいたが、実は誰よりも強者なのかもしれない。
何となくそれを雰囲気で察したハウルが、そんなことを考えて乾いた笑いをもらした。
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