少し早めに来てくれた交代の子と入れ代わって、急いで校門へ向かう。
男子高校生がやたら多い校門付近の中でも、和夫はちゃんと脇の方に寄って待ってくれていた。
女子の視線が集まっているような気がするが、それこそどんとこいだ。
さあ、可憐で可愛い彼女求む!


「……、セーラーの襟が折れてる」
「おや、誰かに悪戯されたか。よくあるんだよ、ありがと」


ぺろりと折り上がっていたらしい襟を直した和夫は、本当に気が進まなそうな目をしていた。


「……俺、本当に恋人とか興味ないんだけど……」
「可愛い子に出会ったら気が変わるかもしれないでしょ?いいからこっちこっち」



重ねて呼ばれるけれど、知ったこっちゃない。
和夫には可愛い彼女と結婚して子供に恵まれて、たくさんの孫に囲まれて大往生してもらわなければいけないのだ。
一人寂しく人生の幕を閉じるとか、そんなの許せない。

腕を掴んで強引に引っ張れば、重い足取りできちんとついてくる。


「特に可愛い子が多いのは茶道部かなあ。姿勢とか仕草とか綺麗だよ」
「そう」
「あ、元気な子が好みならチアがお勧め。すらっとしてて腰とか脚とかすごく細いし」
……どこ見てるの」
「可愛い子を可愛いと思うのは普通でしょうに」


チア部が出している明治カフェ(はいからさんスタイルの部員がサービスしてくれる)は盛況で、やっぱり男子がものすごく多かった。
笑顔でくるくる働く女の子達に、お客の男子達も釘付け。

だというのに、和夫は澄ました顔でサンドイッチを食べている。
女の子には目もくれない。
逆に女の子達が和夫にちらちら見とれている。


……ううん、ここまで興味を示さないのはかなり予想外だ。
年頃の男子なら、多少は異性が気になるはずだが……本当に何があったんだろう……。


合唱部のステージを見ても、美術部の展示を見ても、和夫はいつもと同じようにどこか遠くを見るような表情のまま。
いい加減に連れ回すのも疲れたし、やっぱり諦めるしかないんだろうか。
幸せになってほしいと思うのは、所詮私のわがままか。

小さくため息をついて校門まで送るよと言おうとした時、和夫がぴたりと足を止めた。
腕を掴んでいた私までつんのめって止まり、一体どうしたのかと隣を振り仰いで   心底驚いた。

あの和夫が、目を限界まで見開いて固まっている。
小さくわなないた口が何かを呟いて、ぐっと奥歯を噛みしめた、ように見えた。


「和夫?」


小さく声をかけても、和夫の視線は動かない。
誰を見ているのかと何気なくその先をたどって、恋人らしき男の人と話している山崎先生が目に入った。

紛れもない通路で行き交う人々の中、和夫が視線を固定できるほど立ち止まっているのはその二人しかいなくて。
壁にもたれていた男の人が身体を起こしながら、ちらりとこちらを見て   軽く目をむいた。


「比村!?」


ハスキーな声が誰かの名前を呼んだ瞬間、和夫が弾かれたように身を翻す。
とっさのことに反応できなかった私と違って、男の人は舌打ちをしそうな表情で後を追うように走っていってしまった。
残されたのは、両手で口元を覆った半泣きの山崎先生と、いろいろ置いてきぼりで事情が飲み込めていない私。

和夫が逃げた、ということは、恐らくあの人と面識があるんだろう。
そして、比村は恐らく和夫のこと。
どういう関係かはわからないけれど、まあそれについては後で問いつめるとして。


「山崎先生、大丈夫ですか?」


半泣きどころか泣き始めた山崎先生をどうにかする方が先だろう。
周りの人も何事かとちらちら見ているし、とりあえずどこかに移動しなければ。

好奇心たっぷりの視線を気にしながら山崎先生に声をかけると、無言でふるふるとかぶりを振られた。
小柄な先生を抱き抱えるように誘導して、なんとか手芸部の部室に案内する。
ものすごく狭い上にごちゃごちゃしているけれど、部活自体が弱小すぎて誰も入ってこない(ただの物置扱い)のが幸いした。
鼻の頭を真っ赤にして泣き続ける先生に紙パックの牛乳を渡すと、角がなくなりそうな程ぎゅうぎゅうに握りしめて更に泣く。


「先生……どうしたんですか?」
   ごめんね……みっともないとこ見せちゃってるね。…………さん、さっきの人、彼氏?お似合い、だったよ」
「さっきの?   ああ、弟です。二卵生だからか全然似てなくて、可愛くないです」


泣きながら笑った先生の誤解を解くために手っ取り早く説明したら、ぽかんとした顔をされた。
どうやら涙も止まったようだ。
そんなに驚くことですか、先生。


「双子の弟です。小さい頃はいっつもくっついてきたのに、最近は全然可愛くなくなってきちゃって」
「そう……双子なの……」


気が抜けた声で呟いた先生にうなずいて、逃亡を図った和夫の携帯を鳴らす。
なかなか出ない携帯にしびれを切らせ、鬼電を続けて最大音量で鳴らしてやると、渋々といった感じの声が聞こえた。


「…………何」
「ちょっとあんた、何か後ろ暗いことでもしたんじゃないでしょうね!?山崎先生を泣かすようなことしたら許さないか」
「ふーこが泣いてるのか!?」


まくしたてていた私を遮った和夫の剣幕に驚いたけれど、聞き慣れた単語が聞こえたことの方に意識が向く。


「…………ふーこぉ?」


それって、小さい頃から飽きるほど聞いていた名前じゃないか。
山崎先生がふーこ?それってどういうことだ?


「……和夫君?どういうこと?」
「あ   いや」
「お姉ちゃんにぜーんぶ話してもらうから、今から言うところに速やかに来なさい?」


逃がさないよと暗に含めて圧力をかけた私に、和夫は観念したように小さく了承の答えをよこした。