「佐、為 」
「これが 佐為?」
どうやら、2人にも佐為が見えたらしい。
無事に見えたことと、予想通りにさっきよりも負担が少なかったことに、二重に安堵する。
「……見えたみたいだね。佐為、何かしゃべって」
「何かと言われても……」
無茶振りに律義に返事をした佐為に、それだけで2人が過剰に反応した。
どうやら、こちらも無事に聞こえたらしい。
「佐為!!佐為、聞こえる!!」
「あなたが、あの時の !!」
それぞれ正反対の反応だけれど、佐為の方も驚いたようだった。
さっきあれだけヒカル君と話しておきながら、一体今更何を驚くというのか。
どうせ、あの時は再会で胸がいっぱいで、そこまで考えが回らなかったとかいうオチなんだろうけれど。
「……手、離しちゃ駄目ね。多分、見えなくなるから」
2人に念を押してから、今度は佐為に話しかける。
「佐為、2人に触れる?」
「やってみないことには、何とも……」
自信なさげに眉を下げた佐為が、それでもそろりとヒカル君の頭に手を伸ばした。
微かに震える手が髪の毛に届いて そのまま、確かな質感を持って置かれる。
とたんにぐっと増した倦怠感に、やっぱり行動1つにハンデ1つかと納得した。
これは、かなりくる。
こっそり歯を食いしばって耐えている私に気づかず、佐為は感動したようにヒカル君の頭をなでている。
「まさか、こんなことができようとは 」
「佐為、お前 」
「……何度も、こうしたいと思ったことがありました」
噛みしめるように呟いて、佐為がそっと目を伏せた。
その瞼の裏には、一体何が浮かんでいるんだろう。
確かめるように何度もヒカル君の頭をなでる佐為に、ヒカル君も泣きそうな顔になる。
きっと、2人にしかわからない思い出が、たくさんあるんだろう。
アキラ君とそっと苦笑しあって、そのまま2人の様子をうかがう。
「大きくなりましたね」
「……お前がいなくなってから、2年だ。俺だっていい加減、成長期に入るさ」
「私とほとんど変わらなかった」
「はは、佐為よりは低いだろ」
「……先程の一局。想像以上の成長に、素直に驚きました。私がいなくても、ヒカルはちゃんと前に進み続けたんですね」
どこか安心したかのように微笑んだ佐為に、ヒカル君が弾かれるようにかぶりを振った。
「違う!俺は 俺は、お前に謝りたかったんだ!」
驚いたように手を引いた佐為に、ヒカル君が焦燥にかられた瞳で迫る。
「ずっとずっと、一緒にいられると思ってた!だから、俺が打ってもいいと思ってた!俺なんかより、お前の方が、ずっと碁の才能があったのに !!」
「ヒカル、それは」
「誰だって、お前のこととお前の実力を知ってれば、絶対にそう言った!本因坊だった佐為に打たせた方が、ずっとよかったって!!」
「本因坊だって !?」
ヒカル君の一言にアキラ君がものすごく反応したけれど、本因坊って何だろう。
一人首を傾げる私をよそに、3人はどんどん会話を進めていく。
まあいいか、後で佐為にでも訊こう。
「おい進藤、本因坊って !」
「佐為は昔、本因坊秀策についてたんだ。saiの手が始め古かったのも、本因坊そっくりだったのも、そのせいさ」
「何だって……!?」
ああ、ヒカル君の前の宿主のことか。
それだけわかれば、私にとってはどうでもよかった。
その後もあれこれとやりとりを交わす3人は、とても楽しそうだ。
泣き出すヒカル君を佐為が優しくなだめて、アキラ君に2人で今までの経緯を説明して。
その過程で実は私も初めて詳細を知ったわけたけれど、それはまあおいておこう。
詳しく聞こうとしなかった私も悪い。
そんな消え方をしたんじゃ、さすがに双方心残りがありまくるだろう。
ヒカル君が碁を辞めようと思ったと明かした時には、アキラ君は驚きつつも何か納得したようだった。
「ヒカルが碁を辞める必要などありませんのに……」
「お前がいなくなったことが、それだけ俺にとってショックだったんだよ」
「あの頃の進藤は、本当にどうにかなったんじゃないかと思ったほどでしたよ」
今は揃って五段だという2人は、昔を懐かしむように笑う。
笑えるということは、もうすでに彼らの中では昇華できているんだろう。
じりじりと増える負担に耐えながら微笑んでいると、不意にアキラ君が真剣な表情になった。
「佐為さん。父と また、打ってはいただけないでしょうか」
「塔矢行洋と ?」
思いがけない言葉を聞いたように、佐為が目を見開く。
けれどそれは、一瞬で戦うもののそれに変わった。
そんな佐為に、アキラ君が続ける。
「父はずっと、あなたの強さを追い求めてきました。外国を飛び回り、後進を育てる今でも、それは変わりません。ネット碁でも構いません、どうか一局」
「塔矢行洋と、今一度対局を……」
ぞっとするほど鋭く美しい笑みを浮かべた佐為は、けれど思い出したように私を見た。
「、あなたは 」
「私は構わないよ。ネット碁でもいいし、どこかで打ってもいいし。ただ、佐為の事情はアキラ君からきちんと説明すること。それが絶対条件」
私は私であって、「佐為」ではない。
アキラ君のお父さんに誤解を与えたまま碁を打つのは、どうしても避けたいところだ。
できる?と首を傾げると、アキラ君は難しい表情になったものの、最終的には「努力します」とうなずいてくれた。
好敵手(だったんだろう、あの言い方だと)が実は幽霊でしたなんて、普通は信じてもらえないだろうに。
それから改めて2人と携帯のアドレスを交換しあって、もう遅いからとヒカル君の家でお夕飯をごちそうになって。
年下の男の子の友達なんて初めてだけれど、とても楽しかった。
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