次に目を覚ました時には、ずいぶんと時間が経ってしまっていたようだった。
ヒカル君と塔矢プロは碁盤に向き合っていたけれど、私が起き上がると2人ともはっとしたように手を休めてこちらを見る。
「2人とも、ずいぶん心配していましたよ。あなたをベッドに運んだのは塔矢ですから、お礼を言っておきなさいね」
「そっか……塔矢プロ、ありがとうございました。私を運んでくださったんですね」
ぺこりと頭を下げると、何故か恥ずかしそうな顔をされた。
今の言葉のどこに恥ずかしがる要素があるのかと思ったら、当の本人から遠慮がちに言い出される。
「あの……プロ、って呼び方は、ちょっと……。さんの方が年上ですし、呼び捨てでも構いません」
「え、でも、塔矢プロはすごい実力者だって、佐為が……」
「言っておきますけどね、。ヒカルはその塔矢のライバルなんですからね!!」
すごい人には尊敬の念をこめて呼ばねばと思っていたら、佐為から爆弾発言をされた。
……もしかして、ヒカル君を軽々しく呼ぶこともちょっといけないことだったんだろうか。
どう呼ぼうか迷っていたら、ヒカル君がこらえきれないように笑った。
「さん、普通にアキラでいいじゃん!俺のことだって、始めっからヒカルって呼んでたんだし」
「でも、それは佐為の影響で……」
「じゃあ、俺達もさんって呼ぶからさ。駄目?」
こ、高校生に可愛らしく上目遣いで訊かれた……!
普通は気持ち悪いだけのはずなのに、何で可愛いとか感じちゃうの……!?
な?と駄目押しのように懇願されて、とうとう諦めた。
「……アキラ、君。呼びなれないから塔矢プロって言っちゃうかもしれないけど、その時は注意してください」
「さん、敬語もなし!」
「う……」
すかさずヒカル君に駄目出しをされて、ひるんでしまう。
だって、当の本人がそういうくだけた態度を嫌がるかもしれないじゃないか。
内心でそう反論すると、きっちりと聞いていたらしい佐為が笑いながらかぶりを振った。
「塔矢ならば、そんなことを嫌がりはしないでしょう。むしろ、年の近い友人がいないようでしたから、喜ぶんじゃありませんか?」
「……塔……アキラ君は、こういう話し方で嫌じゃない?」
試しにおそるおそる聞いてみると、面映ゆそうな表情でかぶりを振られる。
どうやら、佐為の言っていたことは正しかったらしい。
ベッドから降りてきちんとメイキングをし直して、改めて2人にお礼を言う。
「2人とも、どうもありがとう。いきなり倒れて大変だったでしょ?」
「いや、そこまで無理させたのは俺達の方だし」
「……さんは気にしないでください」
申し訳なさそうなヒカル君とは対照的に、アキラ君の方は私の名前を呼ぶところで一瞬恥ずかしそうに言葉に詰まった。
……本当に、大人としか接してこなかったんだな。
「それじゃあ、体力も回復したことだし。2人揃っての佐為とのご対面、頑張ってみる?」
倒れる前のアキラ君との(一方的な)約束を思い出して軽く言うと、とんでもない!とばかりに大慌てで止められた。
「さっき倒れたのを忘れたんですか!?」
「さん、無茶するなって!」
「大丈夫だよ、こうやって休めば体力も気力も回復するし。2人とも、会いたくないの?」
体調は本当に大丈夫だし、ここ以上に最適な場所も機会もないだろう。
とびっきりの餌とわかっていながらそう訊くと、2人ともぐっとつまったようだった。
長い長い沈黙。
両者、一歩も譲らぬ睨み合い。
先に折れたのは、ヒカル君だった。
「 会わせて、さん!!」
やっぱり、さっき直に見たのが効いているんだろう。
申し訳なさそうに、でもどこか切実に頭を下げた彼に微笑んで、君はどうする?とアキラ君を見る。
ずいぶんと迷っていた彼も、結局誘惑には勝てなかったようで、申し訳なさそうに「お願いします」と頭を下げた。
佐為を人に見せるのと佐為に身体を貸すの、どちらがきついかといえば、もちろん後者だ。
今日試してみて、それがはっきりとわかった。
もしかしたら、人数が増えるほど私の負担も減るかもしれない。
これは私の実験でもあるのだ。
2人には悪いけれど、少し付き合ってもらおう。
「さん、どうすればいいんだ?」
そうと決まれば待ちきれない様子のヒカル君に苦笑して、3人で三角を作るように座る。
座るのは単に、私の負担が予想外に大きかった時のための予防策だ。
多分、佐為は私に触れている状態じゃないと、見ることができない。
相手が心底信じて、強く願えば、離れていても見えるのかもしれないけれど。
それは無理だと、私の中の何かが言っていた。
「手をつなごう。そして、信じて。言葉に出して。佐為はここにいる、あなた達にも見える」
「さん……?」
不思議そうなアキラ君に笑って、小さく続ける。
「私はこれを、『言霊』って呼んでる。言葉にして強く願えば、それが叶う」
少なくとも、佐為に関しては。
そう続けて、そっと目を閉じた。
佐為はいる。
それは、私が一番よく知っている。
この2人にも、見えないはずがない。
だって、この人達は実際に、佐為と会話を交わしたんだもの。
お願いだから、佐為を彼らに会わせて !
「佐為はいるの。ここにいるの。見えるはずなの」
「佐為は……いた。ここにいた!俺と、あの一局の続きを打ってくれた!」
「見てみたい……進藤の師を。会って、直接話してみたい」
熱に浮かされるような2人の呟きと共に、身体のどこかが熱くなっていく。
そして 。
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