「私は行洋だ。塔矢行洋。そこにいる、アキラの父だ」
「ええ 知っていますとも。塔矢行洋」
誰にともなく話すアキラ君のお父さん 行洋さんに、佐為もまた噛みしめるように呟く。
「お嬢さん。君を疑うようで悪いんだが 一局、打ってくれないか」
行洋さんは黒、私は白。
それを見たアキラ君がはっとした表情になったけれど、何が何やらわからない私は言われるままに座り直した。
「 これからおそらく、ネット碁での一局を再現します。恐れず、私の示す先に石を置いてください」
大丈夫だと佐為が笑うから、私もそれ以上気負うことなく碁石に手を伸ばす。
「 お願いします」
「お願いします」
深く頭を下げて、後はもう何も考えずに佐為の操り人形となる。
対局が進むに連れて、何度もアキラ君の息をのむ声が聞こえた。
何度か見上げた行洋さんの表情も厳しく何かを考えるそれになっていて、私はちゃんと役目を果たせているようだと安心する。
この分なら、きっとこの人にも佐為は見えるだろう。
棋譜並べ(最近佐為からこの言葉を教わった)をするかのようなその一局は、行洋さんの投了で幕を閉じた。
満足げに目を閉じてうなずいた行洋さんは、口元に小さな微笑みを浮かべて私を見る。
「会わせてくれないか saiに」
「……わかりました。アキラ君から聞いてご存じかも知れませんが、彼は藤原佐為。平安時代の貴族です」
碁にとらわれた、切ない存在。
千年以上もこの世に在り続けた、稀有な存在。
わかっているというようにうなずいた行洋さんにほっとしながら、じとりと汗をかいている手のひらをこっそりとスカートで拭いた。
……こんなに年配の、しかもこんなに偉そうな人と手をつなぐなんて、したことない。
「それじゃあ、ええと 手を、貸していただけますか。願って、口に出してください。佐為はここにいる、佐為に会いたいと」
「それだけで?」
「はい、それだけで」
信じられないと言いたげな行洋さんに苦笑して、震えそうになる手を差し出す。
ところが、行洋さんよりも先にその手をとった人がいた。
「さん、僕もいいですか?」
「アキラ君?」
「……人数は多い方が、いいんでしょう?」
こそりとささやかれた言葉に、思わず心臓が跳ねた。
誰にもそのことは言っていないはず。
どうして彼が知っているのか。
驚く私に、アキラ君は小さく笑って続けた。
「あの日、進藤と2人きりで会っていた時よりも、僕も一緒の時の方が、さんの顔色がよかったので。……違いますか?」
全く持ってその通りだ。
(2歳とはいえ)年下とは思えない洞察力に、内心でこっそり舌をまく。
そんな私に悪戯っぽく笑い、アキラ君はどこか驚いている様子の行洋さんをうながした。
「お父さんも、さんの手を」
結局、あの日のように三角形を作り、目を閉じて呼吸を整える。
「佐為 」
あなたの出番だ。
しばらくしてそっと目を開けると、大きく目を見開いた行洋さん(今更ながら、塔矢プロとか行洋先生とか呼んだ方がいいんじゃないかと思い始めた)と、嬉しそうなアキラ君が視界に入った。
「君が いや、貴方が佐為か」
「ええ。初めまして と、言うべきでしょうか」
「いや、我々は数度対局をしている。その必要はないだろう」
「……そうですね」
答えた佐為が、あまりにも嬉しそうだったから。
思わずこぼれそうになった涙を隠すために、とっさにうつむいた。
両手がふさがっているって、こういう時に不便だ。
「さん?」
「大丈夫 何でもないよ」
よかった。
よかった、佐為をちゃんと知ってくれている人がいた。
ここにもいた。
そのことが、無性に嬉しかった。
佐為の歓喜が、私にまで伝わってくる。
存在を肯定されることって、こんなに嬉しいんだね、佐為。
「でも、涙が 」
「気のせい気のせい。これはね、佐為に影響されてるんだよ 多分」
気遣わしげにハンカチを取り出して目を拭ってくれるアキラ君に笑いながら、その拭き方のうまさに驚く。
いや、一応マスカラもアイライナーもウォータープルーフだけど、化粧を落とさないように目尻と目頭を上手に拭ってくれる。
一体どれだけの場数を踏んだら、こんなにうまくなるというのか。
「……アキラ君、もてたでしょ」
「はあ?いえ、今まで付き合ったことは一度もありませんが……」
頭上で行洋先生と佐為が真面目な話をしている中、こちらは妙な話の展開になってきた。
でも、女の子はなべてこの手の話が好きなのだ。
ごめんよアキラ君、私の好奇心を満たさせて!!
「嘘!?その顔で?その頭のよさで?信じられない!!」
「本当ですってば。中学の時も、一度も告白なんてされませんでしたし」
「高校 は、そっか、行ってないんだもんね」
「はい」
何となくだけど、女の子達の気持ちがわかった。
それはね、アキラ君。
君が高嶺の花すぎて、誰も手が出せなかったんだよ。
断言してもいい、君のファンクラブは絶対にあった。
気づいてもらえてさえいなかった彼女達に、そっと同情の念を送る。
「……アキラ君さ、中学の時、男の子達から嫌がらせとかされなかった?」
「はあ……されなかったといえば、嘘になりますが……どうしてわかったんですか?」
「本人がこれだもんなあ……そりゃ、周りもムカつくわ」
駄目だこの子、自分の置かれてた状況を全然理解してない。
「え?あ、え、僕何か悪いこと言っちゃいましたか?」
「いや、いい子すぎてかえって不憫というか……」
「どういうことですか?」
さらに慌てたアキラ君の頭、無性になでたい。
なでたいけれど、両手がふさがっているこの状況がうらめしい。
くそうと内心うなりつつ、「悩め青少年」と投げておいた。
|