いよいよ今日は、指定された水族館の日。

3日前からいろんな服を広げて、あれでもないこれでもないと悩んでいたら、弟に「姉ちゃん、デートかよ」とからかわれた。
無言で雑誌をクリーンヒットさせておいたけれど。

これはアキラ君にとってはデートじゃないんだ、きっと。
単に自分が行きたくて、でも1人だと気後れするから、友達の私を誘ってくれただけなんだ。
都合のいい勘違いなんか、しちゃいけない。


淡い気持ちを押し込めるようにぱんぱんと両手で頬を叩いて、気合いを入れ直す。
……それでも、思いつく限り最高に可愛いコーディネートにしてしまったのは、勘弁してください。


時間よりも少し早く待ち合わせ場所に着くと、ほどなくしてアキラ君がやってきた。


「すみません、遅くなっちゃって。待ちましたか?」
「ううん、本当に今来たところ。気にしないで」


まるで、恋人同士の会話。
恥ずかしくてはにかみながら答えると、アキラ君もはにかむように笑った。
それにますます恥ずかしさが増して、何となくスカートの裾をいじる。


「その服」


不意に、アキラ君が口を開いた。
どこかおかしいのかと慌てたところで、とっておきの爆弾が投下された。




「……可愛いですね」




照れたように言わないで!お願いだから!
こっちまで顔が熱くなるから!!
ものすごく恥ずかしいから!!


「あ……ありが、とう……」


やっとの思いで答えた声は、蚊が鳴くように小さかった。


……私、家に帰ってましょうか?」
(帰れるなら帰っててもらった方がいいかも……)


佐為とそんな会話をこっそり交わしつつ、アキラ君と並んで歩き出す。
思っていたよりも人が多くて、慣れないヒールでは何度かアキラ君に遅れそうになってしまった。
アキラ君自身もなるべくゆっくり歩いてくれているのがわかっているから、余計に申し訳ない。

懸命についていこうとしていると、ふと目の前に綺麗な形の手が差し出された。
元を視線でたどると、照れくさそうなアキラ君。
きょとりと数度瞬くと、何度か口ごもった後にアキラ君が口を開いた。


「あの……離れるといけないから、手……」
   え……」


どうしよう、胸がどきどきして止まらない。

この手をとっていいものか。
いや、とらないと失礼なんだろうけれど、手に変な汗をかきそうでちょっぴり怖い。
それに、アキラ君に緊張が伝わらないだろうか。

何度か深呼吸をして、手のひらをこっそりと服に押しつけて。
おそるおそる、手をつないだ。


ひんやりとした手は意外にも私より大きくて、密かに息を飲む。
アキラ君の手が冷たい分、自分の体温を余計に感じてしまって、やっぱり恥ずかしい。
顔に血がのぼるのを感じた。


「あ、あの、アキラ君……」
「……何ですか?」
「…………何でもない」


一見涼しい顔で聞き返してきたアキラ君の耳が赤いのに気づいてしまったから、それ以上何も言えなくなる。

もしかして、もしかしたら。
そんな淡い期待がまたふつふつと湧いてきて、そんな自分に苦笑した。
余計な期待は、しちゃ駄目だって言ってるじゃない。

気を紛らわすためにも、やっぱり佐為にいてもらった方がよかったのかもしれないと思った。
なにしろ佐為は最近、めきめきと自由行動の範囲を広げているのだ。
今頃どこにいるのやら。


現実逃避でそんな事を考えていたら、いつの間にか水族館に着いていた。


「あ、チケット代   
「僕が出しますよ。僕のわがままを聞いてもらってるんですから」
「でも」
さん。僕、これでも社会人なんですよ?」


悪戯っぽく笑ったアキラ君は、なるほど確かに社会人だ。
年下だけれど、立派に囲碁で稼いでいる。
対する私は、しがないバイト。

…………。


「おごられます……」
「はい、おごります」


くすくすと笑うアキラ君が、チケットを買うためにつないでいた手を離す。
それに少し寂しさを感じたけれど、それは我慢。


「はい、どうぞ」
「ありがとう、アキラ君」


差し出されたチケットを笑顔で受け取ると、その流れで自然に手をとられた。
え、あの、これってどういう状態?


   中、暗いですから」


ぽつりと呟いたアキラ君の顔は、今度こそはっきりと赤かった。
それに比例して、こちらの顔まで赤くなっていく。
本当にもう、どうしたらいいんだろう。

ためらいがちに重ねた手はやっぱりひんやりしていて、だからこそこちらの熱が余計に伝わる。
……どうしよう、本当に恥ずかしい。


アキラ君の顔を見れずにうつむいていると、そのまま中に手を引かれて入った。
薄暗い空間に囲まれて、ようやく顔のほてりを気にせずに前を見る事ができる。


青白い光の中で、色々な魚が泳いでいる。
その中をゆっくりと歩きながら、時々水槽の中を覗きこんだりして。


「綺麗だね、この魚の色」
「そうですね。サファイヤみたいだ」
「アキラ君、素敵な事言うね」
「……そんなことありませんよ」


照れたように笑ったアキラ君の顔が赤い気がして、何だか不思議な気分になった。

つながれた手は、離れないまま。
のんびりと歩く歩調は、いつもよりもさらに遅くて。

傍から見たら、私達はどんな風に見えるのだろうと、ふと思った。
……恋人同士に見えるといいと、そのとき初めて素直に思えた。