佐為と一心同体になった(この言い方、誤解を招きそうで微妙に嫌だ)私が真っ先に何をしに行ったかというと、埼玉にいる伯父の家に押しかけることだった。
あそこならば、碁盤がある。
佐為の碁への思いは夢の中で痛い程よくわかっていたから、一刻も早く碁に触れてほしかった。
それに、試したいこともあったし。
(佐為、佐為)
「何です?」
(私の身体、操れないかな?)
幽霊に乗っとられて……という話は、よく聞くものだ。
だから、佐為も同じことができないかと訊いてみたのだけれど……何故かとても驚いた顔をされた。
「私が、あなたを ?」
(……できないの?)
「……考えたことがありませんでしたから」
碁が打てる、ただそれだけで幸せで。
人の身体は人のもの、それを操ろうなんて考えもしなかった。
呆然と答えた佐為はやっぱり、欲がないのだと感じた。
(……やってみてよ。碁石の感触、もしかしたら思い出せるかもしれないよ?)
ふと思いついてそう伝えると、佐為の心がぐらりと動くのが伝わってくる。
(私は気にしないよ、佐為。佐為はずっと、我慢してきたじゃない)
千年以上も碁に執着し続けて、それでも自分は碁の打つ場所を指示することしかできなかった。
私なら、そんなの耐えられない。
幽霊になるほどの強い思いがあるなら、私の言葉に心が揺らがないはずがない。
思った通り、佐為はごくりと喉を鳴らして口を開いた。
「……では、 」
「お久しぶりです、伯父さん。突然すみません」
「いやいや、本当にびっくりだよ。まさかちゃんが、碁をやりたいなんて言ってくるなんて」
現役をリタイアした伯父さんは、ちっとも気を悪くした様子もなく迎え入れてくれた。
すり寄ってくる犬の頭をなでながら、碁盤はどこかと視線を走らせる。
リビングの一角にきちんと置かれたそれに焦点が合うと、伯父さんが嬉しそうに笑った。
「やるかい?」
「 はい」
( 佐為)
「……身体、お借りします、」
覚悟を決めたような佐為の声の後、するりと背中から冷たい感覚が入ってくる。
同時に視界が二重にぶれるような感覚がして、思わず数度瞬いた。
その間にも、手は自然に碁石入れへと伸びていて。
「置き石は 」
「あ、いいです。置き石なしでお願いします」
口だけは何故か自由に動いたから、ハンデなしをお願いした。
佐為にはきっと、伯父さんぐらい片手でひねれるくらいの相手なんだろう。
だから、少しでも長く試合を楽しんでほしかった。
「おやおや、ずいぶん自信満々だねえ。じゃあ、ちゃんからいこうか」
その伯父さんの言葉を合図に、私の手が勝手に動き出す。
それと同時に、打ち震えるような佐為の歓喜が伝わってきた。
(ああ、この感触 !!)
やっぱり佐為は、私を通して触覚を取り戻したようだ。
ひんやりとした碁石に触れる度、ぴしりとそれを碁盤に打ちつける度、佐為の歓喜があふれ出る。
「これは いや、しかし……」
伯父さんの言葉がどこか遠い。
それよりも佐為の歓喜に強く影響されて、私も碁が楽しいという錯覚に陥っていた。
楽しい、嬉しい、幸せ。
その正の感情に支配されたこの身体は、次々と黒い石を置いていく。
正直いって、この試合がどうなっているかなんて知らない。わからない。
けれど、ちらりと見た伯父さんの顔色からすると、多分佐為が(私が)勝っているんだろう。
(佐為、どう?)
(まさか今一度、この身で碁を打つことができようとは !!)
試しに訊いてみたら、戦局とは全く関係のない答えが返ってきた。
よほど碁をできるのが嬉しいらしい。
こりゃ駄目だと判断した私は、おとなしく一局終わるまで待つことにした。
やがて、伯父さんのうなるような「……ありません」という呟きで、終わったようだ。
「ちゃん……いつの間に、こんなに力をつけたんだい?」
「ええと……いつの間にか?」
まさか昨日から幽霊に取りつかれていますとも言えず、曖昧に笑ってごまかす。
そんな私に、伯父さんは検討に入ってもいいかと尋ねた。
(検討?)
(今の一局の内容を振り返ることですよ。是と答えてください)
「は、はい」
慌ててうなずくと同時に、今度は私の口から知らない単語がずらずらと流れ出ていく。
ハネって何だ、ツケって何だ。
大体、石一個置いたぐらいで、その後の展開なんてわかるものなのか。
総力をあげて突っ込みたいが、ここはぐっと我慢の子。
後で佐為に訊けばいい。
(私にとっては)長い長い時間がすぎて、ようやく伯父さんが姿勢を崩した。
「いやあ、まいった。まさかこんなに強くなってるとはなあ。時々はこっちに来て、打ってもらえるかい?」
「はい、もちろん!」
ここならば、佐為も思う存分打てるだろう。
交通費が地味に痛いけれど、月2くらいならばなんとかいける。
すでに私から抜け出た佐為が驚いた表情をした気がしたけれど、笑顔で伯父さんにうなずいた。
だって、ここに来ると、いつもおいしいお菓子を出してくれるんだもの!
(佐為、伯父さんとの一局、どうだった?)
「素人にしてはなかなかの実力でしたよ。指導碁のつもりで楽しめました」
(……指導碁?何となく意味はわかるけど)
「それよりも、いいんですか?あなたの家からここまで、かなりの距離があるでしょうに」
心配そうに尋ねる佐為に、内心だけで軽く笑って伝える。
(大丈夫だよ。サークルにも部活にも入ってないし、バイトでお金は結構たまってるから)
むしろ、バイトに燃えすぎて周りからあきれられている類の人間だ、私は。
地味に楽しいんだって、一般事務。
Excelは元々得意だったから、苦にもならないし。
窓口対応も気分転換になるし、就活にも使えそうで一石二鳥。
(あ、明日は大学から直行でバイトだから、碁は打てないからね)
そう伝えると残念そうな声が返ってきたけれど、こればっかりは仕方ない。
佐為に我慢してもらうしかないだろう。
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