大学の空きコマや家での自由時間にインターネット碁をやってみて、わかったことが一つある。
佐為、ものすごく有名人だ。
ネット上にしか姿を現さない謎の棋士!とか騒がれてるのをどこかの掲示板で見た時には、思わず目まいがしたほどだ。
謎の棋士?
佐為が(私が)?
とんでもない、単に人前に出られない事情があるだけだ。
「ねえ、佐為……前にもこうやって、千人切りみたいなのしたことあるの?」
「ヒカルの時間の許す時は、思う増分打ちましたが……」
「あなたって、本当に強いんだね……」
しみじみ言うと、「神の一手を目指していますから」と真面目な表情で返される。
本当に変な幽霊だ、佐為は。
佐為と出会ってから、碁関連のイベントにもちょくちょく顔を出すようになった。
相手の力量を瞬時に見極めて、その人のレベルに合わせた指導碁を打つのは、端から見ていても(実際に石を置くのは私だけれど)すごい技量だと思う。
その日もイベントに出かけたら、何でも若手のプロ棋士がくるとかで、いつもよりもかなり人が多かった。
(プロ棋士?誰だろうね)
「若手と銘打つほどですから、案外と同年代かもしれませんよ」
そんな会話を脳内で交わしつつ、また一局を終える。
佐為の言う通りに検討を行っていると、会場が一気に華やいだ歓声に包まれた。
(あ、プロ棋士がきたみたい)
「、!行ってみましょう!」
(検討の最中でしょうが!これが終わったらね)
ちゃっちゃと終わらせろと暗に促すと、佐為はがぜんやる気になったように検討を再開する。
5分程度で終わらせた後に人だかりのところに行っても、やっぱりというか何というか、プロ棋士の姿はちらりとも見えなかった。
「久しぶりのプロの手……是非見てみたいです!」
佐為が騒いで仕方がないので、近くにいた会場の人をつかまえて尋ねてみる。
「あの、今日のプロに、指導碁ってお願いできますか?」
「整理券の配付を行っていますよ。あちらです」
にこやかに示された方向では、人々が我先にと群がっている。
まるで、アイドルのチケット発売のようだ。
ちょっぴり腰が引けながらその場に行って順番待ちをしていたら、ちょうど私の一人手前で券がなくなってしまった。
「申し訳ありません、この方で最後となります」
「そんな……」
「何分、塔矢先生はお忙しいですから……」
塔矢。
その名を聞いた瞬間に、佐為の表情が変わった。
心を通じて、強い思いまで伝わってくる。
塔矢 塔矢?
まさか、あの?
……打ちたい、打ちたい、打ちたい、打ちたい、打ちたい !!
彼ならばヒカルの様子を知っているかもしれない。
ヒカルは今、どうしているのか。
どのように日々を過ごしているのか。
どれほど成長したのか。
ごちゃごちゃになった感情から察するに、佐為は以前、この塔矢プロと打ったことがあるようだ。
こんなにも佐為が切望することは珍しいので、思いきって係の人に尋ねてみる。
「あのっ……!いくらでも待ちますから、万が一お時間があったら、指導碁を打っていただけますか?」
「私の一存では、何とも……塔矢先生にはお伝えしておきますが……」
戸惑ったような係の人に「お願いします」と深く頭を下げて、終了予定時間を尋ねる。
それまでは会場内で碁を打って時間をつぶし、ようやく閉場時間が迫る頃になって、塔矢プロの指導碁の時間が終わりを迎えた。
帰る支度を始めようとしているプロに駆け寄って、 その若さと美形度に驚いて一瞬足が止まる。
「?早くしないと、塔矢が行ってしまいます!」
佐為に促されてようやく動き出したけれど……こんなに美形だとは聞いていなかったよ、佐為!!
顔目当てのファンだと思われてもしょうがないじゃないか!!
「あのっ!!」
大声で塔矢プロを呼び止めると、驚いた表情で見られた。
走ったせいで切れる息を必死に整えつつ、深く頭を下げる。
「反則だってわかっています。ルール違反だって、ずるいことだってわかっています。でも、お願いします!一局打ってください!!」
これでプロがノーと言ったら、佐為の望みから一歩遠くなってしまう。
だから、本当に必死に頭を下げた。
「申し訳ありませんが、もう時間は終わっていて 」
「一局だけ、一局だけでいいんです。そうすればきっと、きっと 」
ヒカルという人に、佐為の存在が伝わってくれる。
待っている間、佐為は彼と打ったことがあると言っていた。
ならば、その一局を完璧に再現してみせれば、きっと彼も気づくはず。
何かがおかしいと、気づくはず。
そして、私が用意している言葉をぶつければ、十中八九引っかかってくれる。
あまりにも必死な私に戸惑ったんだろう、塔矢プロが迷うような表情を見せた。
腕時計を確認して、会場の様子を見渡して うなずいてくれた。
「あまり時間はありませんが、それでよければ。置き石は?」
やった!
「結構です。置き石なしでお願いします。ただ、私に黒を持たせてください」
置き石なしと言ったところで、塔矢プロの表情に驚きが走った。
一体どれほどの自信過剰だと思われているだろうか。
「本気できてください。私も、全力で迎え撃ちます」
宣言して、私は佐為の扇子の示す先に、一つ目の石を置いた。
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