見慣れないアドレスからメールが来た。
件名も何もないそれは、普段ならば迷惑メールか何かと疑うところだけれど、今回ばかりは勝手が違う。
予想以上の早いリアクションに驚きつつも、きっと「進藤ヒカル」からだろうと目を細めた。
開いた文面にはただ一言。
『藤原佐為か!?』
ぴたりとこちらの思い通りの反応を示してくれた「ヒカル」に、思わず笑みがこぼれる。
ああ、本当に彼らは互いを思い合っていたんだ 。
『その通り。お話しになりたいなら、そちらのご指定の時間にお会いしましょう』
そう返事をする私の後ろで、佐為が嬉しさを隠しきれない様子で「ヒカル……!」と呟いた。
「よかったね、佐為」
「ええ……本当に」
万感の思いをこめたように呟いた佐為は、ぎゅうと扇子を握りしめた。
「ヒカル……やっと、あなたに会えるんですね」
「いつって指定してくるかな?大学とバイトがある日はちょっと無理なんだけど……」
「その時はの都合に合わせればいいでしょう。忙しいのはお互い様です」
涼しい顔で言ってのけた佐為は、けれどどこかそわそわしている。
早く「ヒカル」に会いたいのはわかっているんだから、無理をしなくてもいいのに。
おかしくなって小さく笑うと、佐為に鋭く聞きとがめられた。
「?どうしたんです?」
「ううん、何でもない」
ひらりと手を振って交わしながら、いつの間にかメールの返事を待ちわびている自分自身に気づく。
どうやら私も、佐為に感化されているようだ。
どんな人なんだろう。
佐為の知る「ヒカル」から、一体どれくらい成長しているんだろう。
塔矢プロと同じほどの年齢だと佐為に聞いたから、きっと私と同じくらいなんだろう。
会えるその日を楽しみに、まずはレポート!とパソコンに向かった。
イベントが終わってメールの返信を見たヒカルは、震える手を強く握りしめた。
肯定の言葉、そして会うことすら提案する言葉。
一体、どんな人なのか。
佐為が消えてから2年、あれからずっとあいつの後ろを追ってきた。
ネット碁で「sai」が再び現れたと聞いても、どうせ偽物だろうと脇目も振らずに塔矢達と日々切磋琢磨してきた。
こんなことなら、もっと早くネット碁に注目しておくべきだったのかもしれない。
まあ、考えても仕方のないことだ。
「進藤?どうしたんだ?」
アキラの声ではっと我に返ったヒカルは、そういえばこのライバルに結局真実を伝えていないことに気づく。
どうする?この機会に、こいつも ?
少しの旬順の後、ヒカルはそっとアキラに近づいた。
「なあ、塔矢。お前、来週の水曜、何か用事あるか?」
「いや、その日は特に……どうしたんだ?」
「昔、約束しただろ。お前にはいつか教えるかもって」
他の者にはわからないその言葉に、アキラだけがはっと反応した。
色々とあった15の秋、あの日彼は確かにそう言った。
その約束が、まさか果たされるのか。
「俺は、会いに行く。お前はどうする?」
よく意味のわからない問いかけに、けれどアキラは迷うことなくうなずいた。
自分の前に初めて立ちはだかった壁。
進藤のようで進藤でない、不思議な存在。
彼がメールを交わしたのは、自分と一局打った不思議な女性。
まさか、彼女がsaiか ?
その後数度のメールのやりとりを経て、結局は水曜の午後4時半、新宿で待ち合わせになったらしい。
相手の顔がわかるのはお前だけなんだからな!とヒカルに念を押され、苦笑気味にアキラもうなずいた。
これで相手が同年代の女性だと知ったら、ヒカルは一体どんな反応を見せるのだろうか。
きっと、年下の少女としか思っていないだろうヒカルの口ぶりから、アキラはそっと笑った。
「進藤、塔矢。タクシー来るぞ」
「あ、うん」
「今行きます」
彼女との対面で、進藤がどんな表情をするのか 今から楽しみだ。
驚くだろう彼を想像して、アキラは笑みをこらえられない。
うろんげな表情で見てくるヒカルに、せいぜい当日驚くがいいと、少しの優越感にひたるアキラだった。
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