インターネットでぼちぼちと碁を打ちながら、待ちに待った水曜日。
いつもよりも少しだけしっかりとメイクをして、服装にも気をつけて。


、早く!早く!」
(わかったって。新宿は久しぶりで迷いそうなんだから、ちょっと待って   
「あ、あのルミネだ」


南改札前のルミネでと指定されたから、多分ここで間違っていないだろう。

特徴的な塔矢プロの髪型を探したけれど、こうも人が多くてはよくわからない。
あんなに綺麗なボブ、滅多にないと思うんだけれど……。

きょろきょろと辺りを見回していると、横の佐為が叫んだ。




   ヒカル!!」
「え?」




どこだと見回しても、やっぱりよくわからない。
どこだ、塔矢プロは。


、そこです!そこの、前髪が金髪の   !」


必死に佐為が指す方向に目をこらすと、なるほど金髪メッシュの青年がいる。


(間違いないんだね?)
「成長してはいますが、私がヒカルを見間違えることはありません」


はっきりきっぱりと自信に満ちた佐為の言葉を受けて、どきどきしながらその人に近づいた。


「あの……進藤、ヒカルさんですか?」
「は?はあ、そうですけど……」


確かに佐為の言う通りだ。
ならば、私がすることはただ一つ。

大きく呼吸をして気持ちを落ち着けて、一言一言丁寧に紡ぐ。


「佐為を   連れて、きました」


そう言った瞬間、進藤さんがくっと目を見開いた。


「あんた……か?」
「ええ。佐為は、ここに」


誰もいない(ように見えるだろう)右の空間を視線だけで示すと、進藤さんの視線もそちらをさまよう。


「……見えませんか」
「…………ああ」
「ヒカル!私はここです、ヒカル!」


必死に佐為が叫ぶけれど、進藤さんに届くはずもない。
悔しそうに、切なそうにうつむく進藤さんをどうにかしたくて、思わず両手を握っていた。
そして、その瞬間に思いつく。


   そうだ、言霊の力を借りれば   !!


「進藤さん。私の言うことを、心底から信じてください」
「何を   
「佐為は、ここにいる。あなたにも見える」


真剣な表情でそう言った私に、今度は佐為がはっとした表情になる。


「いけない、!あなたの身体が   !」
(大丈夫。あれから体力もつけたし、使うのは私の力だけじゃないでしょ?)
「ですが!」


食い下がる佐為を無視して、進藤さんの手をさらに強く握る。
たじろいだようなヒカルさんに、「この方法で私、佐為に触れられるようになったんです」とささやくと、驚いたような目で見られた。


「……本当か?」
「はい。ものっすごく、気力と体力がいりますけど」
「……まあ、佐為だもんな」


妙な表情で納得したような進藤さんが、手に力をこめる。
そして、私の右を見ながら、何かを必死に祈り始めた。


「なあ、佐為。いるんだろ?佐為   !!」


佐為に会いたい。
佐為と話したい。

そんな気持ちがいっぱいつまった、振り絞るような声だった。
そして、変化は唐突に現れる。


   佐為……!!」
「……私が、見えるのですか?ヒカル」
「見える、聞こえる……!!」


呆然と呟いた進藤さんの瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれていく。


「佐為、俺、お前に謝らなきゃいけないんだ。俺の勝手ばっかりやってごめん!もっともっと、お前に打たせてやればよかった   !!俺なんかより、お前の方がずっとずっと強かったのに!」
「いいえヒカル、あの時の私の使命は、あなたにあの一局を見せることだったのです。あなたを更なる高みへと導くために」
「また導いてくれよ。俺はまだ、佐為みたいに強くなれていない!」


必死に頼む進藤さんに、佐為は悲しそうに笑った。


「あなたはきっと、充分強くなった。私が学ばねばならぬ点も多いようです」


それに。


「今の私は、と共にある。離れてヒカルと共に歩むことは、もう無理なのです」
「そんな!」




「……何やら盛り上がっているところに悪いんだが……進藤、お前この人と知り合いだったのか?」
「…………あ」




すっかり忘れてました、塔矢プロ。

困惑した表情で私達(主に握りあった手とか、泣き腫らした進藤さんの表情とか)を見ている塔矢プロにフォローをいれたのは、やっぱり直接知り合いの進藤さんだった。


「塔矢、これはその   ええと、つまりこいつがsaiなんだ。   いや、佐為なんだ」


確かに、saiと佐為では微妙に発音が違う。
けれど、その言い直し方はわからないだろうと思っていると、塔矢プロの目が驚愕に見開かれた。


「あなたが、sai   !?」
「……一応、ネット碁ではその名前で打ってます」
「では、あなたが進藤の師匠   いや、それにしては少しおかしな点が……」

「ヒカル。ちなみには、あなたよりも2つ年上ですからね」
「……年上!?2つも!?」


ああ、佐為、今のタイミングで口を挟むのはよくなかったよ……。
塔矢プロにはあなたの姿が見えていないんだから、いきなり進藤さん   いや、ヒカル君(年下だから君づけでいいや)(佐為もヒカルヒカル言ってるし)が大声をあげたように見えるだろう。

案の定、塔矢プロが妙な顔になった。
仕方がないので、場をつなぐために自己紹介をしてみる。


です。大学1年です」
「あ……塔矢アキラです。今年で17になります。それで   さんは、進藤とはどういうお知り合いで?」


ああ、やっぱりきたか。
助けを求めてヒカル君に視線をやると、彼もがしがしと頭をかきむしった。


「ええとだな、塔矢。かなり込み入った話になるし、多分お前は信じないかもしれない話になるんだけど……」
「構わない。教えてくれ」


そのままお話モードに突入しようとした2人に、そろりと提案する。


「あの……場所、移さない?ここじゃちょっと、目立ちすぎると思うんだけど……」
「…………それもそうだな……」
「確かに……」


新宿のど真ん中でするには、ちょっと微妙すぎる話だと思うんだ、うん。
神妙な顔でうなずいた2人を見ながら、こいつら多分、熱中すると周りが見えなくなるタイプだなと思った。