盤上にじっと集中する。
二色の石が次々と並べられて、目で追っているだけでも綺麗だ。
佐為の指示を聞き逃さないようにしながら、時々ヒカル君の顔を盗み見る。

普段とは違う、真剣な大人の眼差し。
ああ、勝負の世界に生きる人なんだと、改めて思った。


、投了を」
   ありません」


佐為に促されて一言口にすると、途端にヒカル君の身体から力が抜ける。
表情もいつものそれに戻って、可愛らしく口を尖らせた。


「ずりぃよ、さん。ここの手、わざとだったろ」
「わかりますか?」
「えーと……わかった?」


不自然じゃないように佐為への言葉を私に投げかけ、私が仲介してまた答える。
最初の頃はぎこちなかったけれど、もうすっかりこのやりとりにも慣れてしまった。
一局打っただけで肩が酷く凝ってしまって、回しただけでばきばきと音がする。


「強いね、ヒカル君」
「へへっ、負けないよ!」


悪戯っぽく笑ったヒカル君の額を小突き、さてアキラ君はと振り返る。
……あれ?なんか不機嫌そう……。
穏やかに努めてはいるけど、眉のあたりがちょっと不機嫌だ。
さっきまでは普通だったのにと首を傾げると、ヒカル君が小さく吹き出した。


「うっわ、嫉妬丸出し!!」
「嫉妬?」
「俺らが楽しそうにしてんのがおもしろくないんだろ。さん、後でご機嫌取りよろしくな」
「……えええええ」


どうやったら機嫌を直してくれるかなんて、私にもわからない。
ぐるぐると考えていたら、佐為が呆れたように扇を広げた。


「甘えてみせればいいでしょう。塔矢はあなたがヒカルと仲良くするのが気に食わないんですから」
「甘える?私が?」


無理無理無理無理無理。
甘えるのは死ぬほど苦手だ。
恥ずかしくて死ねる。


「あ、塔矢が終わった。次俺の番だし、準備しなきゃ。じゃな!」


ああもう、言いたいだけ言って行っちゃうんだから!
爽やかな笑顔で行ってしまったヒカル君と入れ違いに、アキラ君がこちらにやってくる。
やっぱりちょっと不機嫌だ。


「アキラ君」
「こんにちは、さん」


綺麗な顔立ちのアキラ君は、そこにいるだけで注目を集める。
慣れない人の目に居心地が悪くて身じろぎをすると、すぐにアキラ君も気づいてくれたようだ。


「控え室に行きましょうか」


こっそりとささやかれた言葉に小さくうなずいて、佐為に待っていてくれと頼む。
もちろん佐為は喜んでうなずいてくれて(文字通り飛びながらヒカル君のところに向かっていった)(ヒカル君には見えないのに、ちょっとおかしい)、それを見送った後にアキラ君と別れて会場を出た。
ロビーで時間をつぶしていると、ほどなくして見慣れた番号から着信。


「はい」
『僕です。ナビをするので、こちらに来てもらえますか?』
「うん、わかった。……でも、入れるのかな?」
『大丈夫ですよ、係の人には伝えてありますから』


……何て伝えたんだろう。
こういう場合って普通、関係者以外立入禁止のはずだけれど。

想像するだけ恥ずかしいから、努めて気にしないようにしてナビ通りに進む。
控え室はちょっと煙草臭くて、顔を顰めた私に苦笑したアキラ君が窓を開けてくれた。


「……やっぱり臭いますか」
「うん。ごめんね、でも喉がいがらっぽい」


煙草を飲む人には絶対にわからないんだろう。
少し煙を吸うだけでも喉が痛くなって、酷い時には声が出なくなってしまう。
バイト先も、禁煙だから選んだようなものだ。
気を遣わせていることが申し訳なくて眉を下げると、アキラ君は笑ってかぶりを振った。


「もっとわがまま、言ってください。僕、さんのわがままを聞くの、好きなんです」


頼ってくれてるってことでしょう?
そう言って嬉しそうに微笑むアキラ君は……ああもう、どうしてこんなに格好いいんだろう。
こんなに格好いい人の彼女をやっている自分が恥ずかしくなってきた。


「そ、か」
「ええ」


にこにこと微笑むアキラ君。
照れくさくてそっぽを向く私。
悔しいけれど、勝てない。

悔しいから、お望み通りに少しだけわがままを言ってみることにした。


「じゃあ   ぎゅって、して?」
「え   ?」


色白の綺麗な顔が、みるみる赤く染まっていく。
私の耳も熱いけれど、そんなのはおあいこだ。


だってアキラ君、最近ずっと忙しい。
地方を飛び回っているし、そうかと思えば手合いが入っているし。
彼が空いている日は、逆に私がバイトだったりですれ違いばかりだ。
ちょっと寂しかったのだ、これくらい困らせてもバチは当たらないだろう。

長い睫毛を伏せてためらっていたアキラ君が、けれどゆっくりとこちらに向かって進んでくる。
途中で脚に触れた椅子が、かたりと小さな音をたてた。


さん   


ためらいがちに伸ばされた腕が、そっと私を包み込む。
耳元で小さな吐息が聞こえて、何だか妙に恥ずかしくなった。
そのままお互いに無言でいること、しばらく。


「……やっぱり、さんが側にいてくれると落ち着くなあ」
「そう……?」
「ええ。実はさっき、進藤と楽しそうに話しているのを見て、気が気じゃありませんでした」


みっともないですね、と苦笑するアキラ君に笑って、しっかりとした胸に額を押しつける。


「あのね……そういう風に言ってくれて、嬉しい」


恥ずかしすぎて半分以上は口の中に消えたけれど、間近にいたアキラ君には聞こえてしまったようだ。
とても嬉しそうに笑った彼に、より強く抱きしめられた。