ぐるぐると考えている間にも、仕事は容赦なく振りかかってくる。
言われた通りに指示をこなし、もう少し楽な方法があるんじゃないかと思った時にはそれを進言し。
くるくると回る日常の中で、私の思考回路だけが取り残されていた。


どうしたい、どうしたい、どうしたい。
私は一体、「何を」望んでいたのか。


貴陽にいた時には、来るべき時に備えておくという、明確な目標があった。
だから、農家の人がするような、「普通」の生活をただただ繰り返していた。

それが私の、存在意義だった。


けれど、今は?


あの時よりも、知識もできることも格段に増えた。
そうして私は、どこに行き着くのだろう。


ただ旅を続けていたのは、何も考えないようにするため。
知識を得る事が存在意義だと、それが「普通」に近づく事だと、無意識のうちに定義づけていたから。
それに気づいてしまった今、私はもう安穏とこの生活を送れなくなってしまった。


ああ、どうしたらいいのだろうか。

途方に暮れるけれど、誰が道を示してくれるわけでもない。
自分自身で答えを探すことの、なんと難しいことか。
大学受験や就活は、もしかしたらこのような感じなのだろうか。


ぼんやりとそんなことを考えながらため息をついていると、左手から声をかけられた。


「おい、芳明!柴彰様がお呼びだ!」
「柴彰様が……?」


柴彰様は、この全商連を取り纏めている実力者。
そんな人が、私に何の用だろう。


内心怯えつつその人に連れられて行くと、一際立派な机に座った男性のところへたどり着いた。
それまで書類に向かって一心不乱に動いていた目が、私達の気配に気づいて前を向く。
正確には、私達をとららえた。


   値踏みをするような視線が、容赦なく私を貫く。


ぐっと口元を引き締めて、鋭い視線に負けないようにする。
どれほど時間が経っただろう、おそらくそれほどはかかっていないはずだ。
けれど私には、プレッシャーが原因で、それが小一時間ほど続いたように感じた。
そして、柴様が口を開く。


「なるほど。報告の通り、頭の回転は悪くなさそうですね。貴女の作成した資料も見ましたが、実に斬新で効率的だ。どこでこのような技術を?」
   私は、様々な場所を旅して参りましたので。きっとそのどこかで、影響を受けたのでしょう」


まさか、日本で学んでいたことを元にしているとも言えない。
仕方がないのでそう答えると、柴様の目が鋭く細められた。


「ちなみに、今まではどちらへ?」
「黒州、藍州、白州などです」
「若い身空で、旅は過酷だったのでは?」
「始めは戸惑う事ばかりでした。けれど、何事も慣れるというでしょう?」


言葉の駆け引き、化かし合い。
そんな言葉がぴったりくるような会話をしばらく続けた後、柴様は満足そうにうなずいた。


「これなら、問題なさそうですね。   貴女、名は」
「……漣、芳明と申します」
「そうですか。それでは漣   貴女には、私の補佐として州城へ行ってもらいます」


突然告げられた決定事項に、思わず思考がショートした。


   え?」


そんな、今州城に行ったら、間違いなく秀麗達とはち合わせることになる。

あの人達に関わるのは、正直言って今でも遠慮したい。
誰が来ているのかも正確には覚えていないけれど、まず中心人物は集合していると考えていいだろう。


「何故、私を?」
「今度の州牧は女性です。今後のつなぎを取るためにも、第一印象を良くするに越したことはないでしょう。貴女ならば、条件を満たすだけの知識を持っています」
「……目には目を、女性には女性を、ですか」
「その通り。私の姉でもいいのですが   あの人は少々、商売として連れて行くには難がある事情がありましてね」
「……そうですか」


多分あれだろう、お姉さんが10年くらい悠舜さんに片思いしているってことだろう。
だからといって、何もよりによって私でなくてもいいじゃないか。

そんな思いが顔に出ていたんだろう、柴様はくすりと笑って「お願いしますよ」と念を押すように繰り返した。


……これで、私の州城行きは決定したわけか。
どんどん「普通」から遠ざかっていっている気がするのは何故だろう。

やはりあの時、州都になど入るのではなかったと、今更ながらに後悔した。
もう、何もかもが遅いのだけれど。


自分の持ち場に戻ってから落としたため息は、思ったよりも重くなった。